砂糖漬け紳士の食べ方
口直しとして出されたシャーベットは、熱い体にはとても美味しく感じられた。
しかしその後肉料理が運ばれてきても、何だか食べているところを伊達に見られている気がして、取り繕いにアキは口を開いた。
「伊達さんって、こういうお店にもよくいらっしゃるんですか?」と。
箸で肉の塊を弄っていた伊達が、粗末に答える。
「別に」
なんともあっけなく会話が切られた。
「あ…そうですよね、あまり外出しないって仰ってましたね」
アキのフォローにも、彼は大して乗り気を見せなかった。
しかしまあ、何て分かりづらい人だろうか。
接待の時は綾子にも中野にも紳士的に振る舞うくせに、誰かと一対一になると粗野になる。
「…伊達さんって、人嫌いな割には、紳士的ですよね」アキは言った。
常々思っていた本音だった。
響きによって、それは失礼にあたるような物言いだったが、当の伊達は少しも意に介さない様子で肉を口へ放り込む。
「まあ…その方が後々、楽だろうと思って」
「どうしてですか」
「どうでもいい人間にも表面上愛想良くしておけば、自分の良いように使えるだろう」
大抵、愛想良くさえしていれば人間関係のいざこざには巻き込まれない。伊達はそう続けた。
まさしく、人嫌いでマスコミの取材を受けなかった画家の、内幕を表す言葉だった。
穏やかだった空気は、その言葉一つで一転する。
本当は私にだけ気を許してくれているんじゃないか、という淡いアキの期待は、この一言で脆く崩れてしまった。
「…はあ…そう、ですか」
排他的で利己的。この画家を表すのに、ぴったりな言葉がこれだった。
その後コースは、チーズ、デセールと続いたのだが、
どれもこれも鉛を食べているかのように、アキの舌へ重くのしかかった。
沈黙がいきなり彼女だけを覆う。
───どうでもいい人間にも表面上愛想良くしておけば、自分の良いように使えるだろう
「あ、あの、それ」
どうしようもなく口を出した矛先は、シャンパンのボトルだった。
「これ、何ていうシャンパンなんですか。美味しかったんで、今度お金貯めて買おうかなって…」
伊達の視線がシャンパンに向く。
彼の口から、どこかで聞いたことがあるブランドの名前が出たが、果たして家に帰るまでに覚えられそうにはない。
「そんなに気に入ったの?」
シャンパンボトルを興味深そうに眺める彼女に、伊達が言った。
「はい、あんまりシャンパンって飲んだことなかったんですが、甘くて美味しかったです」
「…ふうん」
伊達がふいに、傍を通ったウエイターへ手を上げた。
「このシャンパンのストッパー、もらえるかな。出来たらワイヤーを切って欲しいんですが」
「かしこまりました、少々お待ちいただけますか」
言って、ウエイターはにこやかに厨房へと消えていった。
聞き慣れない単語の羅列に、アキが眉をしかめる。
「ストッパー?ってなんですか」
「んー…シャンパンのコルク止めのことだよ」
言っているうちに、先ほどのウエイターが掌にソレを乗せて戻ってきた。
彼が言ったとおり、シャンパンのコルクを止めていた蓋とワイヤーらしい。
「こちらでよろしいですか」
「ああ、ありがとう」
伊達はウエイターの手からそれを受け取り、何やら手で弄り始めた。アキの視線がそこへ集中する。
ワイヤーをひねり、ねじり、何かの形を作っていく。
数分後。シャンパンの蓋は、アキの目にも明らかなモノに変わっていた。
それは椅子だった。
シャンパンの蓋を椅子に、ワイヤーを椅子の足と背もたれにした、小さな小さな椅子だ。
「シャンパンチェアーって言うんだ」伊達がそれに言葉を添えた。
アキはそれをそっと手に取る。
人形が座ってもおかしくない可愛い出来栄えに、彼女は思わず口端を緩めていた。
「…君にあげるよ」
「いいんですか?ありがとうございます、やったー!」
そっけない言葉ながら、それでも沈黙の空気を何とか変えるには充分だった。