砂糖漬け紳士の食べ方
休日の編集部はコピーやらの雑用を頼まれることがないので、自分の仕事がスイスイ進んだ。
いよいよ記事のレイアウトを考え、ああでもないこうでもないとパソコン前で長時間唸っていたアキに
卓上の電話がその集中をぶつりと切り落とした。
目線はそのまま記事のレイアウト表に釘付け、アキは片手でぞんざいに電話を受ける。
「はい、月刊キャンバニスト桜井がお受けいたします」
しかし電話の相手が、アキの視線をパソコンから容赦なく引き剥がした。
『わたくし、『日本画家の夜明け展覧会』事務局の徳永と申します』
物静かな声は、アキの耳にすんなりと入った。しかし彼女の眉は無意識にひそめられる。
「…はい、お世話になっております」
展覧会の取材担当は、綾子だ。取材関係の連絡なら、週明けにでもしてくれればいいものを…。
伝言の用意をしようと、彼女は卓上のペンを片手で掴んだが
『先日公募頂きました、ダテケイスケさんの作品についてご確認の電話でした。
ダテケイスケさんは棄権ということでよろしいですね』
ペンは、あっけなく机の上へ転がって、床へ軽快な音を立てて落ちて行った。
聞き慣れない単語が、アキの耳に固くぶつかる。
棄権?
アキは受話器を固く握り直し、電話の主に再び問う。
「あの、棄権というのはどういうことでしょうか」
『…公募頂いた中で、ダテケイスケさんの作品だけこちらの会場に搬入されていないので、ですから』
冷や水を頭から被ったような、急激な寒気が全身を襲った。
「搬入されていない?」
アキの言葉に、編集長がパソコンから目をちらりとあげる。
「それは確かですか。こちらは既に、午前中会場搬入の予定で宅配を…」
慌てて、携帯電話をバッグから出す。
着信が一件…宅配業者の電話番号だ。ちょうど、3分前に彼女へ連絡している。
事務局の男性は、アキの狼狽ぶりに動揺しないまま、同じく淡々とした口調で話を続ける。
『こちらではまだ現物を搬入して頂いておりませんので、申し訳ありませんが棄権という扱いになります』
「───確認次第、折り返しご連絡致します。少々待って頂けますか」
電話を切ると同時に、スマートフォンのリダイヤルを押す。
先ほど感じた寒気は、今度は身を切るような緊張となって彼女を襲ってきていた。
「どうした、桜井ー」
事態を知らない編集長はのんびりとした口調をアキに向けた。
しかし先ほどと表情が一変したアキを目にするなり、物事の深刻さを間接的に知った。
「編集長、伊達さんの絵が、時間を過ぎてもまだ会場に搬入されていないそうなんです…!」