砂糖漬け紳士の食べ方
彼女は、恋愛小説やドラマが昔から嫌いだった。
絵や、文字や、映画のスクリーンに広がる『理想の恋愛』。
その中に登場する素敵な男性は、いつも決まって『可愛い女の子』を選ぶからだ。
誰にも負けない才能があって
自分では気づかなかっただけで、本当はオシャレをするだけで見違えるように美しく
誰にも好かれるような優しい性格で、鈴を転がすような声で笑い
それでもって、守ってあげたいような儚げさもあって…。
…『理想の男性』に選ばれる女の子は、いつだってそういう子ばかりだ。
アキは一人になったエントランスで、もう見えなくなった灰色のコートをただひたすら思い起こしていた。
代わりに頭へ浮かんだのは慕情ではなく、「ああ、やっぱりね」という簡単な諦めだけだった。
──なんとまあ、あっけない切れ方だろう。
彼女は、いつのまにか強く噛み締めていた唇で自嘲の笑みをこぼす。
涙は、出ない。
だって彼に『LIKE』の告白をされたというだけで、ずっと彼は優しくしてくれただけだ。
会社で泣くつもりも、ない。
公私混同するほど子供でもない。
…良かった、私は自分で思っていたよりずっと大人だったらしい。
アキはカカトをくるり回し、受付嬢に会釈をし、いつもどおりエレベーターで編集部に戻った。
大丈夫。私はきっと、自分で思っているより、大人だ。
相変わらず騒々しい編集部に戻れば、さっそく綾子が心配そうな視線を投げかけてきた。
「お客さん、大丈夫でした?」
「うん。全然大丈夫」
飲みかけのまま机に放置された栄養ドリンクは、席を立つ前と違う飲み物に見えた。
アキはそれを一気に飲み干して、それから勢いよく机の引き出しを開け放つ。
奥の奥にしまっていたシャンパンチェアを掴み、再び机の上へ置いた。
思い出に浸るほど乙女じゃないし
仕事を忘れるほど子供じゃない。
彼女は再び、パソコンに向かいあう。
自分がやるべきことは、ここに残っている。