もう一度、あなたと…
式が1時間延期になったと聞いて、父が怒鳴りながら部屋に入ってきた。

「…全く、お前って奴はどこまでマヌケなんだ!」

口の悪さはどこか太一を思い出させる。
父と太一はいつも無言で、お互いのお酒ばかり酌し合うような仲だった。

「まぁまぁお父さん、落ち着いて。怒っても記憶は戻りませんから」

根っからポジティブなのか、「たからがひかる」はそう言って父を宥めた。

「しかしな…記憶もない人間と式を挙げるのは不安だろう⁉︎ いっそのこと、今日はキャンセルにでも…」
「お父さん!…そんな事できる訳ないでしょ⁉︎ 」

母が慌てて止める。あわよくば、娘が嫁にいかずに済むように…と考えた、父の思いは遮られた。

「式はなんとかなっても…問題は披露宴よ⁉︎ エリカ…友達は誰を呼んだとか、まるで覚えていないんでしょ⁉︎ 」
「…う、うん…」

誰をも何も、この状況すらが呑み込めてない。もしも、このまま目が覚めなかったら、私は彼と結婚してしまうことになる。

(それっていいの…⁉︎ 法律違反にならない…⁉︎ )

夢の中でまで考える。意識は32才のままだから、どうしても納得がいかない。

「…とにかくギリギリまで粘ろう。もしかしたらひょんな事から思い出すかもしれない」

父までがそう言いだす。
こんな風に簡単に、頭が切り替わる人だった…?

「じゃあ親戚の顔見せはどうします?エリカ…あなた、親戚の叔父さん叔母さんの顔は覚えてるの⁉︎ 」
「え…うん…多分…」

これが夢で、現実と繋がってるなら…ね。

「だったら時間を区切って顔見せだけしときましょうよ。光琉さんのご両親にも心配かけてるし…」

ドキッと胸が鳴る。「たからがひかる」の両親とは、きっと何度も会ってる筈だ。
全く見覚えがない私が会っても話になるのだろうか…。

「…エリカ…」

声をかけられそっちを向いた。「たからがひかる」は私の顔を見て、ニコッと優しく微笑んだ。

「思い出せなくても気にしなくていい。うちの両親は君のことを、とても気に入ってたから」

不安そうにしてたのを見透かされた。彼の勘の良さに、少し…いや、かなり驚いた。



10分間だけ…という事で、親戚一同が集う。簡単な続柄を自己紹介してから立ち話となった。

「おめでとう…エリカちゃん」

父母方の叔父、叔母からお祝いを受ける。実感のないままお礼を返す。
ホントならここにいるのは、「たからがひかる」の親戚じゃなく、太一の親戚の筈だった……。

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