もう一度、あなたと…
「上司と言えども度が過ぎますよ!」

ぎゅっと肩を抱きしめる。
怒ってるんじゃない。守ってくれてる…。

「…話があるから止めようとしただけだが?」

悪びれもせず嘘をつく。「たからがひかる」の拳が見える。それを堪えるように、ぐっと握りしめた。

「話なら腕を掴まなくてもできるでしょう!今度同じ事したら、ただじゃ済みませんよ!」


怒った顔で相手を睨みつける。
初めて見る顔に戸惑う。
彼がこれだけ感情を露わにした姿を、初めて見た。

肩を抱かれたまま外へ出た。黙って歩いて行く彼に引きずられるようについて行く。
自販機の側を通り抜ける。そのまま、非常階段まで歩かされた。


「…大丈夫か?」

青い顔をして振り返った。

「う…うん……」

私よりも顔色の悪い彼を見つめた。

「佐藤が呼びに来て…エリカが絡まれてるって…」

仕事を放っぽりだしてきたらしい。そんな事をする人ではないと思ってたのに。

「泣きそうな顔してるエリカ見たら、黙っておけなかった。つい本気で殴りそうになった…」

はぁー…と大きなため息を吐く。
力の抜けるような仕草をする彼が、妙に現実味を帯びている。

「…良かったな…何事もなくて…」

ぽん…と、頭を撫でられた。額が胸にぶつかる。

じわっとあったかくなる。
緊張が…解れていく…。

ぎゅっ…と袖を握った。
掴んだワイシャツの感触が、今朝よりもハッキリしてる……


「…ひかる…」

名前を呼んだ。
じわり…と涙が浮かんでくる。

太一に腕を掴まれた瞬間、何かが崩れる気がした…。
夢だとしか思えなかった世界で、現実を見せつけられた。
太一との事は全て夢。
そうとしか…思えなくなった……。

…守られてきた人に、ひどく傷つけられた。
何度も助けられてきた筈なのに…その記憶すらも…踏みにじられた。


「怖かった……あんなの…もう二度とヤダ…!」

ボロボロと涙が零れ落ちた。
これが現実だと分かった瞬間、身体の力が抜け落ちた。
倒れ込むように「たからがひかる」に凭れる。
支える腕の力が強い。掌の感触が生々しい。
胸の音が…確かに聞こえる……。

「エリカ…」

優しい声で髪を撫でる。
その手は、夢なんかじゃない……。

そっと背中に手を回した。
あったかい。
きちんと温もりが感じられる。

(夢じゃない…こっちが現実なんだ…)
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