もう一度、あなたと…
「…記憶が混乱するって、そんなもんじゃないのか⁉︎ 」

家に帰り相談すると、ひかるはそんなふうに答えた。

「そうなのかな。でも、32才の私のことはスゴくよく憶えてるのに、他はさっぱりなのよ?ひかると初めて会ったのも新人研修の時だと思ってたし、その時、ちょっと意地悪もされたし…」
「意地悪⁉︎ …俺が⁉︎ 」
「うん…研修室のドア開けてくれたのはいいけど、私が入る前に閉めたの。だから腹いせにドア蹴ろうとしたら、いきなり開けて、ひかるの足、思いきり蹴っちゃって…それでもめて、太一が…」

言いかけてやめた。つい口が滑った。

「太一…?」

不思議そうにされた。
ドキッとする。
ひかるの口から太一の名前が出るなんて、あってはならないことだ…。

「…誰だ?太一って…」

聞き返される。
今の彼にとっては総務部長の名前。
祝電に書かれてた筈だけど、いちいち覚えてないのかも…。

「ど…同期の社員で…同じ課の人…。友達だと思ってたから…つい名前で呼び捨てて…」

嘘はついてない。ただ、隠してる事があるだけ…。

「で…でも、それも夢だと思うし…何かの本で読んだ記憶が、混ざってるのかもしれないし…」

思いつきで取り繕った。
あり得そうな事を口にすることで、今が現実なんだと、なんとか思おうとした。

「ふぅん…ありがちだな…」

呟く彼が不審がってる。太一のことも、どこか怪しいと思われたかもしれない…。

「…私…お風呂の準備してくる!」

食事中の「たからがひかる」を一人置いて、浴室に向かった。
ドキドキ…と胸が鳴る。
残ってる太一の記憶は消せない。
この先、元夫だというのがバレたりしたら、一体どうすればいいだろう…。



「…冷やっ!」

慌てて水道の栓を止めた。
カランからお湯を出したつもりでいたら、シャワーから水が出てきた。

「…どうした?」

ひかるが顔を覗かせる。
頭から水を被ってる私を見て、驚くような声を上げた。

「お前…!また同じことを…!」
「ち、違うよ!今のは違う!間違えたの!カランだと思って捻ったら、シャワーだったの!」

いつもと同じ感覚で蛇口を捻った。
なのに、シャワーから水が出てきてーーー


「あ…」

ふと思い出した。
この蛇口の感覚。太一の実家に住んでた頃のだ…。

「…何⁉︎ 」

タオルで頭を拭きながら、ひかるに聞き返された。
マズい。
今、顔を上げれない…。

「な…何でもない!冷たかっただけ!」

首を振って目を伏せた。その態度がきっと変だった。
彼が拭くのを止める。
じっとこっちを見てる。
その視線が、痛いほど突き刺さる…。


「エリカ…」

ビクッとする程、低い声。

何か言われる…と身構えたーーー

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