もう一度、あなたと…
朝食を食べるひかるに、どうして横で寝ていたのか聞けない雰囲気があった。
起こした時から不機嫌で、何も喋ってくれない。
よほど腹に据えかねるようなことがあったみたいで、私の顔を見ようともしない…。

カチャ…と、箸を置いて立ち上がる。
「ごちそうさま」の言葉もナシ。
プイッと背中を向けられる。
「話しかけるな」と、言ってるようにも思えた……。

「今日から…少し遅くなる」

ボソリ…と一言言った。

「先に寝てていい。夕飯も食べて帰る」

スーツの上着を持って行こうとする。
訳が分からず追いかける。
顔も見ずに玄関に向かう彼を、焦って呼び止めようとした。

「送らなくていいから」

冷たい声に立ち止まった。
来るな…と言われた気がした。

「…行ってくる」

ちらっと横顔だけ見せてドアを閉めた。
呆然と立ちすくむ。
彼をそんなに怒らせてる理由が、私にはちっとも分からない…。

(あのキスマークを付けられた後、一体何があったって言うの……⁉︎ )

ぐるぐると思いを巡らす。
もしかしたら私は、彼の名前と間違って、太一の名前を呼んでしまったのかもしれない。
「太一」という名前が気になったひかるは、今の総務部長の名前だと、気づいてしまったのかもしれない。

「…だったらどうしよう……」

呟いた所で、何かが変わる訳ではない。
ひかるに事情を説明して、キチンと分かってもらうしかない。

「だって…32才の記憶は…全て夢だもん…!」

口に出して、しっかり言い聞かせた。
今の記憶がなくても、夢の記憶を追いかけてはならない。
反面教師のように扱うにしても、もっと、別の方法を考えないと。


(でないと…ひかるとダメになる…!)


慌てて後片付けをした。
彼のことを追いかけようにも、姿は既に見えない。
車で通勤したらしく、駐車場がカラだった…。

(ひかる…遅くなるって…いつまで…⁉︎ )

行ってしまったであろう方向に目を向けた。
沢山の家々の屋根が見下ろせる場所。
これまではその中のどこかに、本当の自分が眠ってる気がしてたけど……


今は…ここが自分の生きる場所なんだ…って本気で思ってる。
ひかると二人、一緒に生きていこうって決めてる。

(でも、なんで…どうして離れていこうとするの…⁉︎ ねぇひかる…私は…あなたの妻…でしょ……⁉︎ )


思い出したくない記憶が蘇りそうになって、慌てて頭を振った。
あの頃のことを、もう考えちゃいけない。
私は「宝田光琉」と、人生をやり直すんだから……。

駅に向かって走り出した。
会社へ行けば、いつでも顔は合わせられる。
その時、彼に聞けばいい。
昨夜、何があったか教えて…ってーーーー。
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