もう一度、あなたと…
浮かない表情でいる私を、ひかるが覗き込む。
今朝の様子がウソみたいな笑顔。
どこか胡散臭くて、私はつい聞いてみた。

「…出張のこと…どうして黙ってたの⁉︎ 」

早くから決まってた筈なのに、何故、一言も話してくれなかったのか。

「黙って行くつもりだったの…⁉︎ 」

責めるように聞いてしまった。
彼は心配して、わざわざ代役を立ててもらったのに…。

「心配してるなんてウソでしょ⁉︎ 最初から…信用してなかったんでしょ⁉︎ 」

キスマークはだから付けたんでしょ…という言葉は呑み込んだ。
さすがにそれを、ここでは言えないと思った。

「私が部長と…何かあるとでも…思ったの⁉︎ 」

ぎゅ…っと手を握りしめる。
言ってはならないと思いながら、余計な言葉を吐いてしまった……。

「太一って…部長の名前だもんね…」

唇を噛んで彼を見た。
唖然…とした顔してる。
もしかして彼は…それをちっとも知らなかったのかも……

「あっ…」

慌てて口を押さえ込んだ。
でも、もう遅いーーー。

「…なんだよ、それ…」

目の色が変わる。
優しい顔が厳しくなる。
疑うような表情をして、ギロリと私のことを睨みつけた。

ビクッ!とする様な鋭い視線が突き刺さる。
部長に怒鳴った時と同じくらい、感情を露わにしてる。
その瞬間、弾くような音がして、私は彼に叩かれた。

「言っていい事かどうかも分からないのか!」

右頬に痛みが走った。
でも、どんなに痛くても、今のこの現状をホントのこととして認められなかった……。

「もういい!お前みたいな奴、勝手にしろ!」

怒鳴り散らして出て行く。

慌てて舞が寄ってくる。
その手を振り払って、私はデスクに座り直した。

じんじん…と頬の痛みが増す。
熱を帯びてるみたいな熱さがある。
でも、その熱さと痛みを感じても、これが現実だとは思えない…。

「…ひっ……ふっ……ぐっ……」

涙が溢れ出して、止まらなくなった。
昨日は確実に現実だと思えたのに、それが全部間違いだったと思った途端、虚しくなった…。

(こんな跡付けられても…もう現実だなんて…思えない……)

これまで以上に都合のいい事ばかりが続いて、何を信じていいのか分からなくなった。
ひかるの怒った顔も怖かったし、彼をあんな顔にしてしまった自分も嫌いだった。


言わなくてもいい言葉を言ってしまった。
その口が…一番、憎らしいーーーー
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