大切なものはつくらないって言っていたくせに
突然現れた男が言うには………
「どうも、こんちわ」

私は、雑誌の紙面の打ち合わせで出版社に来ていた。
私は、料理研究家としてフリーランスで活動している。
最近は、ちょっとだけ料理番組にも出るようになって、街を歩いていると、
「テレビ見たわよ。」とか「あなたの料理好きです。」
などと通りがかりの人から声をかけられるようにもなった。
だから、そういった類いでまた呼び止められたのだと思った。

エントランスを出たところで、その男に声をかけられて、私は振り向いた。

軽いノリのその男は、どこかで見たことがある。
年齢は三十歳は過ぎてはいるだろうけれども、ファッションがだいぶ若作りで、今時。
見るからに、自由業という感じ。
水色と白のギンガムチェックのシャツにひざ丈までのチノの短パン。
インナーに着た白Tシャツに皮のアクセサリーをさりげなくつけている。
そのまま海からやってきたような格好。
レイバンのサングラスをおでこの上にのせて、いかにも業界人という風貌だった。

「えっと・・・。」誰だったっけ?
彼と目があって、ようやく、ああ、ふと思い出した。
有名なカリスマスタイリスト、ヘアメイクアーティストさんかなんかだったような気がする。 
よくコメンテーターとして、バラエティ番組にも出ている。

名刺を渡された。
額賀龍一。(ぬかが りゅういち) ヘアメイクアーティスト、スタイリスト。

「これから、仕事は?」
人懐っこい笑顔で話しかけてくる。

「え?」

「ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど。」

なんでこんなに馴れ馴れしいの、この人。
今日初めてお話しするんだけど。
「・・・・・・。」

「一応、ちょっとした有名人なんだけど。 わかんない?俺の事?」

「わかります。」

「だったら、怪しいもんじゃないってわかるでしょ。ちょっと俺のスタジオに来てほしいんだ。」

「なんでですか?」

「わかった。じゃあ、今日じゃなくていい。正式にアポをとりたい。
 いつなら俺のスタジオに来れる?」

「仕事の話ですか?」

「仕事っていうか、人助け?ボランティアみたいなもんだ。」

「?言っている意味がよくわかりません。」

はあ、、、とため息をつく額賀龍一。

「今までとは訳が違うな。 お堅い女の子だ。」

私はムッとする。 なに?この人?
新手 のナンパ? こういう風にこえをかければ、誰でもついてくると思っているのかしら?

「瀬田 祐樹」
まっすぐと彼は私の目を見て突然その名前を出した。

「・・・・・・。」
私は、少なからず動揺する。

「祐樹の事で話がある。」
額賀龍一は、先ほどとは違って真面目な顔で深刻そうに、そう私に告げた。

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