大切なものはつくらないって言っていたくせに
「今日は休みなのか?」
座りながらそう切り出す。
「そう。 祐樹は、ここに今さら何しに来たの?」
フェルは、敵意剥き出しでそう言う。
「仕事。」
「作家なんてどこでも書けるでしょ?」
「あ、俺が今何してるか知ってるんだ。」
「ローマでも祐樹は有名だったからね。ニュースになったよ。」
「 取材だよ。ローマをテーマにした本が多いから、雑誌で特集の依頼をされたんだ。」
「ふうううん。」
「何食べる?俺、腹ペコ。再会の乾杯もしたいし。」
メニューを見ながら、おそらくお互い本当ならもう一人いるはずだった存在を思い出していた。
美味いピザとワインのおかげで、フェルの機嫌も良くなり、俺に矢継ぎ早にいろんなことを質問してきた。
事故のことも、それでたくさん仲間を亡くしたことも、自分だけ助かって自分を責めたことも。
しばらくPTSDにかかって、療養が必要だったことも。
失踪してから、その後身を隠している間に原稿を書いていたことも、日本でそれがバレてしまったことも。
なんとか拙いイタリア語と通じないときは英語で補って、フェルに伝えた。
いつもなら、なんて言えばいいかわからないとき、遥が俺たちの間にスッと入って、イタリア語で俺の言葉を言い換えてくれていた事を嫌でも思い出す。

フェルもそうだろう。
根気よくゆっくり、「それはどう言う事?」「もう一回言って」と繰り返し、俺の話を聞いてくれた。
でも、フェルは敢えて遥の事は避けて聞かないのは、違和感に思った。

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