今度こそ、練愛

自分の意思なんて関係なく、勝手に足が進んでいた。



もう、ここに来るつもりはなかったのに。
目の前にあるのは、人材派遣会社のドア。曇りガラスのドアの向こうには確かに明かりが見える。



また社長さんだけかもしれないけれど、意を決してドアを開いた。



小さな部屋の奥にあるデスクから社長さんが顔を上げる。やっぱり他には誰も居ない。この会社には社長さんと従業員の川畑さんの二人しか居ないんじゃないだろうか。



「いらっしゃいませ、大隈さんですね、今日はどんなご用件でしょうか?」



柔らかな声と笑顔で社長さんが迎えてくれる。



「川畑さんはいらっしゃいますか?」

「彼は別件で出かけていますが、仕事のご依頼ですか? 後ほどご連絡致しましょうか?」

「はい、仕事のお願いに来ました。川畑さんに連絡を頂けるようにお願いします」

「了解いたしました、伝えておきます」

「よろしくお願いします、あの……、先日お願いした」

「はい、あれですね。彼に渡しました。ちゃんと持ち帰ったはずですよ」



私がすべて言い終える前に察してくれたのか社長さんが答えてくれた。ちゃんと川畑さんの手に渡ったことに安心したけれど、食べてくれたかはわからないから複雑。



それでもいい。
川畑さんからの連絡を待ってみよう。



川畑さんに直接聞いて確かめるんだ。




< 126 / 212 >

この作品をシェア

pagetop