今度こそ、練愛

心地よい揺らぎを感じて目を覚ますと、車窓には見慣れた景色。
やがて車が停まって、山中さんの声が舞い降りる。



「着いたよ、歩ける?」

「はい」



答える前に山中さんが私のシートベルトを外してしまう。こんな時じゃなかったら、ドキッとしてしまうようなシチュエーションかもしれないけれど今の私はそれどころじゃない。



すばやく山中さんが降りてきて、助手席のドアを開けるとバッグを取り上げた。手から離れて膝に置いていたスマホが、ぽろりと床へと転がる。拾い上げようと伸ばした手が、山中さんの手に触れた。
手の冷たさに驚いたりしない。寧ろ冷たくて心地よささえ感じてしまう。



山中さんは私の手を握って、反対の手で拾い上げたスマホをバッグの外ポケットに入れた。



「バッグを持つから、そっと降りて」



添えてくれる手に身を委ねて車を降りる。



「ありがとうございました、ここで結構です」

「いいよ、部屋まで送り届ける」

「大丈夫です、もう歩けますから」



もうアパートの目の前、部屋は三階だけどエレベータを使えば問題ない。子供でもあるまいし、これぐらい一人で帰ることぐらい出来る。



「ダメだ、従業員に何かあったら困る」



きつい口調で言われて、言い返すことができなかった。




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