今度こそ、練愛

それでも母は昭仁の名前を知っているから、川畑さんの名前は使えない。
今日一日、昭仁と呼ばなければならないのはちょっと苦しいけれど乗り切らなければ。



「おはようございます、初めまして、お母さん。松下昭仁です、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」



ぺこりと頭を下げた川畑さんは誠実そうな印象。うまく演じてくれそうだけど、私のクオリティがついていくだろうか。



「有希の母です、有希がいつもお世話になってます、今日はよろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」



簡単に挨拶を済ませて車へと乗り込んだ。
母と一緒に後部座席へ乗ろうとしたら、母に拒まれて仕方なく助手席に座ることに。



「お母さんは、今日は泊まって帰られるんですか?」

「ううん、今日は泊まらないで帰るの。お父さんがひとりで家にいるから、放ってたら心配だから」

「そうですか、お父さんも一緒に来たらよかったのに」

「ダメなのよ、最近どこへ行くのも面倒くさがってね。脚が悪いから余計に動きたくないみたい」

「だったら僕が迎えに行ったのに……、せっかくだから観光してほしかったなあ」



母との会話を難なくこなしながら、川畑さんは海側へと車を走らせる。
まるで本物の彼氏みたい。


きっと私のような仕事は初めてではないのだろう。
上手いなあ……と私は感心するばかり。




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