今度こそ、練愛

さんざん悩んだ末、また寝落ちしてしまったらしい。



アラームの音を頼りに、布団の中に潜り込んでしまったスマホを探すのに苦労させられた。枕元に落ちた川畑さんの名刺を取り上げて、母の言葉を思い返す。



母は、どんな気持ちで金柑ジャムを作っていたんだろう。
自分がとんでもない嘘を吐いてしまったことを改めて実感させられる。



だけど今日は無理、まだ心の準備ができていない。



一度は諦めようかと思ったのに、私は人材派遣会社に向かっていた。
手に提げた紙袋の中には母の作った金柑ジャム。ちゃんと母が送ってきたラッピング用の袋に入れてある。



川畑さんに直接連絡して会って、渡そうと思ったけれど辞めた。やっぱり勇気が出ない。
あれは仕事だったから、と一蹴されてしまう可能性もある。そうしたら私は、まるで川畑さんに縋りついていた彼女みたいで情けなさすぎる。



それなら人材派遣会社の事務所へ赴いて、感じの良い社長の居る前で渡そうと試みた方がいい。受け取らなくても構わないけど、外で恥をかくようなことがないだけマシだ。



古びたビルの二階、事務所の扉の前で深呼吸。
川畑さんが居ませんように、と願ってしまったのは本心。

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