今度こそ、練愛

幸い店内にはひとりもお客さんがいない。



「おかえりなさい、ちょうどいいタイミングね、そこで山中さんに会わなかった?」



息を切らせて帰ってきた私たちを高杉さんの笑顔が迎えてくれる。



やっぱり、さっきの人は山中さんという人で川畑さんではないらしい。世の中にはそっくりな人間が何人かいると聞いたことがあるけれど、こんな近くで発見するとは思わなかった。



「会いましたよ、帰っていく車を見送りました」

「だから急いで帰ってきたのね、先にふたりとも休憩しておいでよ、山中さんのお土産は冷蔵庫の中に入れてるから頂いてね」

「はい、いただきます」



音符がついているんじゃないかと思うほど語尾を上げて、仲岡さんは再び私の手を引いた。



事務所に入ったら席に着く間もなく仲岡さんは冷蔵庫へ。取り出してきたのは隣駅のケーキ屋さんの箱。
さっさと机の上に置いて、次は食器棚へと向かう。仲岡さんの軽やかな身のこなしに私はあたふたしてしまう。


「やったよ、有希ちゃん、シュークリームだよ! お茶がいい? コーヒーがいい?」

「あ、仲岡さん、私が淹れます、どっちにします?」

「ありがとう、じゃあ……、コーヒーね」



ふたりで頂くシュークリームと温かいコーヒーは美味しくて、疑問を感じながらも満たされた。





< 97 / 212 >

この作品をシェア

pagetop