四百年の恋
***


 ついに、花見の宴の夜。


 姫は冬悟とは別行動で、叔父夫婦とともに福山城へ入った。


 一年ぶりの宴の席。


 あの頃とは何もかもが変わった。


 一年前は、月姫は名もない姫君の一人に過ぎなかった。


 それが今や、当主・福山冬雅の異母弟、福山冬悟の許婚(いいなずけ)の立場。


 (あっ、あの方だわ)


 女たちが姫の噂をしている。


 去年は着物が地味だの、身分違いも甚だしいなど、散々の言われようだった。


 ……散々な言われようなのは、今年も同様。


 いや、去年よりもひどくなっている。


 何しろ姫は今や、城中の女の憧れの的だった福山冬悟の事実上の許婚なのだから。


 冬悟さまをたぶらかした、悪い女。


 身分も顧みず。


 高貴な姫君たちは、そう言って月姫を罵っていた。


 「明石の方(あかしのかた)」


 侮蔑の意味を含めて、月姫は城の女たちにそう呼ばれていた。


 姫の実家は、明石家。


 源氏物語にも「明石の方」という女性が登場する。


 光源氏が流刑に処せられ、須磨(すま)の地(現在の兵庫県)に流されていた時。


 その地の豪族の美しい娘と恋に落ちた。


 それが「明石の方」。


 教養もあり美しい姫君だったけど、身分の点で難があり、生まれた子供も自分の手元で育てることができなかったという。


 「地方の」「身分の低い娘」、そして「明石」の地名も偶然にも共通していたため,月姫は城の女たちに「明石の方」と呼ばれるようになったのだった。
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