四百年の恋
 見下されるのは不愉快であるものの。


 明石家の生まれであるという事実は、間もなく叔父夫婦の養女となったとしても変えられないことなので仕方がないと、無視するしかなかった。


 ただ……。


 「あの明石の方なる女のせいで、最近殿と冬悟さまに諍いが生じているようだ」


 こういう噂を耳にしてしまい、姫は少し気になっていた。


 姫が先日尋ねたところ、叔父は教えてくれたのだが。


 ……太閤秀吉亡き後の中央政界の権力闘争が、ここ福山城にも飛び火しているらしい。


 太閤のご嫡子・豊臣秀頼(とよとみ ひでより)公は、まだ幼少。


 自ら政権の手綱を握ることは、不可能。


 その間隙を突いて、実力者の徳川家康(とくがわ いえやす)が台頭してきたのだ。


 亡き太閤の恩義を優先して、このまま豊臣家支持を続けるか。


 今後を見越して、家康に付くか。


 日本中の大名たちが、息を潜めて様子を窺っている時期だった。


 冬悟は太閤秀吉が福山家に蝦夷地の諸権利を認めてくれたことに対する恩を優先させ、今後も豊臣家支持でいくことを主張。


 ……しかし機を見るのに敏な冬雅は。


 今後の政権は家康の手中に落ちると予見。


 家康支持に鞍替えすることを考えているようだ。


 「中央の不穏な空気が、ここ福山城にも伝わってきているのですね」


 姫は物々しい雰囲気を感じていた。


 「大丈夫なのでしょうか……」


 「我の強い殿は、絶対に自分の意見を押し通す。冬悟さまもそれをご存知ゆえ、意見を述べるだけ述べたら、いずれは殿に従う。いつものことゆえ案ずるな」


 「……」


 叔父は気にしてないようだったけど、姫の不安は消えることはなかった。
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