四百年の恋
 (そして、殿……)


 姫が踏みとどまれば、やがて生まれるこの子と共に、冬雅と新たな幸せを築き上げることができるかもしれないと思われた。


 (でもその代わりに、冬悟さまの面影がかき消されてゆく。私のために、命を落とした冬悟さま。そんな冬悟さまへの慕情と、新たに芽生え始めた殿への想いとの狭間で、この身が切り裂かれそう)


 全てから解放されたいと姫は願った。


 岬の先端辺りには、名の知れぬ白い花が無数咲き乱れていた。


 それはまるで、黄泉の道へと至る道標のごとく。


 揺れる花びら。


 そして白い空には、鳥が自由に舞っていた。


 姫は何かに導かれるかのように、一人岬の先端へと向かって歩き始めた。


 (その先には、冬悟さまが待っている)


 そう信じて。


 もう少し。


 (ここからこの身を投じれば、全てから私は自由になれる)


 あと一歩。


 その時だった。


 「月!」


 (なぜ……!)


 振り返ると冬雅の姿が。


 なぜ、ここが分かったのだろうか。


 いずれにしても、


 「月、そんな所で何をやってるんだ。危ないからこちらに戻れ」


 そう叫びながら冬雅は、姫のほうに近づいて来た。


 「月、さあこちらに」


 手を差し伸べる冬雅。


 その手を取れば、姫には平穏な生活が約束されていたかもしれない。


 再び姫にためらいが生じた。


 このまま冬雅の腕の中に戻りさえすれば、お腹の子供は無事に誕生の日を迎え、家も安泰でいられる。


 それが十分、分かっていたにもかかわらず。


 姫はこの煩わしい現世から逃れたくて、冬雅の手を逃れてしまった。


 「お許しください」


 涙が頬を伝う前に。


 白い花が揺れる中、姫は一歩、前へと足を踏み出した。


 体がまるで、花びらのように崖から舞い降りたのを覚えている。


 ……そこで姫の意識は途絶えた。
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