四百年の恋
 「愛しい姫……」


 福山は切なげなまなざしで真姫を見つめた。


 (奪い返される)


 圭介は福山の次の動きを警戒した。


 すると、


 「姫の私を呼ぶ声が、私を深い暗闇の底から呼び覚ました」


 正装した福山冬悟は、高貴さに満ち溢れていて威厳もあり、圭介はそれ以上近づくことができなかった。


 「四百年間の孤独すら、今こうして姫に巡り会えた喜びに比べれば、忘れ去ることも可能だ」


 福山が手招きをすると、真姫はたやすく引き寄せられ、再びその腕の中へ。


 「やめろ……」


 圭介は勇気を振り絞り、福山に告げた。


 「お前はもう、桜の木への呪縛から解放されたんだろう? 成仏しろ! 真姫は連れて行くな! あの世には一人で行ってくれ!」


 「……」


 圭介の呼びかけに、福山は鋭い視線で応えた。


 (殺されるかも)


 全身が震えるような恐怖を感じながらも、圭介は必死で耐えていた。


 「……四百年間私を縛り付けていた見えない鎖は、完全に消失した。これで私は自由になれる」


 福山は真姫の頬に触れた。


 「自由?」


 真姫は一瞬、福山との新たな人生を期待したようだ。


 「再び姫をこの世に残していかねばならぬ」


 「え……!」


 福山の一言に、真姫の顔色は変わった。


 「そんな。なぜ? せっかく巡り合えたのに」


 「私は四百年前に死んでいる。この姿は人ならぬ身。呪縛から開放された後に向かうは、黄泉の国」


 「あなたは一人で旅立ってしまうの? 私をまた残して……」


 「人生は朝露のようなものだ。姫が今の人生を全うして、次の生を得るまで私は待っている。次の世でこそ、必ず二人で幸せになろう」


 福山は真姫をあやすように語った。
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