四百年の恋
 「これは、兄がバテレン(宣教者)より譲り受けた十字架」


 しばし抱き合い、再会の喜びを噛みしめ終えると福山は真姫から離れた。


 そして真姫の首に残されたネックレスの残骸に触れながらつぶやいた。


 先刻、不思議な力により粉々に砕け散ったネックレス。


 福山はそれを手に取ると、十字架部分は砂が流れるように朽ち果てていった。


 「……」


 脇で見ていた吉野圭介は、息を飲むしかできなかった。


 愛する真姫を、魔の手から救いたい。


 だが直接立ち向かうと、また以前のよう手荒い反撃を食らうだろう。
 

 相手は人間じゃない、この世のものではない存在だ。


 魔除けの護符の役割を担ってきた十字架は、もはや存在しない。


 (手向かえば今度は、膝の靭帯だけでは済まないかもしれない)


 下手したら、命を奪われるかも。


 その恐怖が圭介をためらわせた。


 しかし。


 「冬悟さま、私を連れて行って」


 真姫の体を支配する月光姫の魂が、福山冬悟と運命を共にすることを望んだ。


 それはつまり……共に黄泉の道を歩んでいくこと。


 「だめだ!」


 ようやく圭介は勇気を振り絞って、真姫を「魔の手」から救おうとした。


 「真姫、こっちに来るんだ。化け物から離れろ!」


 圭介は真姫の手首を掴んで、強引に福山から引き離す。


 「目を覚ませ!」


 圭介は真姫の体を激しく揺さぶり、月光姫の記憶を払拭させようとした。
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