四百年の恋
***


 校内放送で、帰りのホームルームの時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


 帰宅OKの合図に、部活や家路に急ぐ生徒が教室を飛び出していく。


 「今日の掃除は五班だな」


 三年一組。


 担任の吉野圭介は、五班の生徒が掃除器具庫へと向かい、それぞれがモップを手に取るのを確認した。


 彼も生徒に協力して、掃除を手伝う。


 ホワイトボードを磨く。


 (昔は黒板で、周囲はチョークの粉で真っ白だったけど。楽になったな)


 時の流れを実感する。


 ホワイトボードの手入れを終え、半端に空いた窓を閉めに行く。


 春とはいえまだ風が冷たい。


 窓を閉める直前、彼は窓の下の中庭を眺めた。


 中庭の中央にある、大きな桜の木。


 また桜の季節が訪れた。


 彼の胸の中の、止まった時計。


 この時期になれば、どこかしら切ない想いが募る。


 時計は二度と、動き出すことがないというのに。


 女子生徒が桜の木の下で、こっそり携帯電話をいじっている。


 校舎内は携帯電話での通話はもちろん、メールの送受信も禁止。


 女生徒は誰もいないと思って、油断しているようだ。


 桜の木の下で、一心不乱にメールを打ち込む彼女。


 (真姫……)


 先日圭介は勤務する学園内で、真姫に生き写しな女子生徒を偶然発見した。


 どことなく亡き恋人の面影を宿したその女生徒を、圭介は静かに見守り続けていた。
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