四百年の恋
 「ところで清水、お前は好きな子とかいないの?」


 流れを引き戻させないように、圭介は即座に話題を変えた。


 「好きな子って、女子対象?」


 「男子が好きじゃない限りにおいては、な」


 「好きな子ね……」


 そう口にして一瞬優雅は、遠い目をした。


 何が頭をよぎったのか、正確には圭介には分からなかったが。


 「無理。俺と一緒にいたって、幸せにはならないから。そんなの無駄」


 少し間を置いた後、優雅はこう答えた。


 「どうしてそう断言できる? 無駄だなんて」


 「俺はいつまでも、ここにはいられないから」


 「あ……」


 卒業したら東京に進学して、父親である与党幹事長の丸山乱雪より帝王学を授けられ。


 大学卒業後は丸山幹事長の秘書などを務め、やがてその地盤を受け継ぐ形で後継者に。


 そのうち政治家の妻に相応しい女性を妻に迎えるのが、彼の行く先に敷かれたレール。


 そのレールから外れることもできないまま、あきらめという名の檻の中でもがいているのが、清水優雅という生徒なのだ。


 圭介は担任になった当初から、それを認識していたはずだった。


 「だけど、本当にそれでいいのか?」


 「どういうこと、センセ?」


 「お前は陶芸だったよな。他にやりたいこともあるんだろ? ただ決められた道を進むだけで、後悔しないのか?」


 「まだ踏み出してもいないのに、後悔するのかどうかなんて、今はまだ分かんないよ」


 「そうか……」


 「だからこのジグソーパズルみたいに、とりあえずは目の前のピースを埋めることだけ考えて生きてるの」


 ……圭介は優雅を改めて、気の毒に感じた。


 全てをあきらめることもできず。


 全てを捨てることもできず。


 作りかけのパズルの、目の前の一ピースのことしか考えないように生きている。
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