四百年の恋
 「先生、これ」


 美月姫の声で圭介ははっとして、先ほどの福山城見学の回想をやめ、目の前の美月姫に視線を移した。


 美月姫は浜辺から圭介の元に裸足で駆け寄り、綺麗な貝殻を手のひらの上に置いて圭介に見せた。


 「珍しいな。こんな整った形の」


 「でしょ?」


 にっこり笑い、美月姫は再び波打ち際に駆け戻った。


 「先生も来ません?」


 美月姫は海水を圭介に浴びせるようにして、誘う。


 「いや俺は、ここで見ている」


 「太陽もだいぶ傾きましたね。水平線に近づいてきました」


 夕刻。


 空を数羽のカモメが舞っていた。


 海水浴シーズンではないので、人通りも少ない浜辺。


 絶え間ない波音だけが辺りに響き渡っている。


 「……寒い」


 夕刻、風が出てきた。


 昼間の灼熱を奪い去るかのように。


 「ほら、これを着るんだ」


 浜辺で波と戯れる際に脱ぎ捨てた、薄手のカーディガンを美月姫に手渡した。


 裸足の足元も、水温が下がり始めた海の水が冷たそう。


 「サンダルも、そこにあるぞ」


 ノースリーブのワンピースでは寒かったようで、美月姫はカーディガンを羽織った。


 「寒くても平気です」


 そう告げて、圭介のほうに歩み寄ってきた。


 「先生のそばにいれば、暖かいから」


 また腕を絡めてきた。


 頬を寄せる。


 「先生って、いつも暖かい」


 自分が美月姫に熱を与えるよりも、与えられているような気がしてきた。


 熱と共に、鼓動も伝わってくるようだ。


 二人はしばし、無言で海を眺めていた。
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