年下ワンコとオオカミ男~後悔しない、恋のために~
――触らないで。
浮かんだ感情は喜びではなく怒りだった。
拒絶する言葉は声にならなくて、無言で腕を振り払おうと力を込めたけど、祥裄のほうも掴んだ手の力を強めたせいで振り払えない。
離れようと暴れる私を離すまいとする祥裄が抑え込んで、力づくで抱き寄せられた。
「何すん……っ」
非難する言葉は途中で遮られた。
無理やり唇が重ねられて、言葉ごと吐息を奪われる。
強引に侵入してこようとする舌に必死で抵抗して、祥裄の唇に噛み付いた。
「つっ……」
抱きしめる力が緩んだ隙をついて、思い切り押し返した。
不意をつかれた祥裄はあっさりと体を離して、唇を指で押さえる。
「触んないでよ! もうこの髪はあんたのものじゃない!」
叫んだ声が妙に響いて、私は給湯室から飛び出した。
荷物をまとめる時間も惜しくて、そのままデスクにも寄らず祥裄から逃げるように会社から走り出る。
もうあんなふうに触って欲しくなかった。
私を置いて絵里ちゃんと歩いて行った祥裄に、大輔くんが切ってくれた髪を触らせたくなかった。
祥裄のものだった髪は、もうバッサリと捨ててしまったのだ。大輔くんが、三年分の思いとともに取り去ってくれた。
あの声で呼んで欲しい、と思った。
沙羽さん、と、あの優しい響きで。