あなたの一番大切な人(1)
 いきなり意識が覚醒した。

 自分の前にいた男の映像が途切れて、灰色の天井が見えた。

 目を見開いて、肩で息を繰り返していると、自然と頬を涙がつたった。

 声にならない恐怖に支配され、金縛りによって動けずにいたが、少しずつ身体の感覚が戻ってきた。

 背中越しに伝わる煉瓦のつめたさと、日の光を受けて、自分がまだ生きていることを実感した。

 ゆっくりと手を伸ばし、自分の頭の上に手を置いた。

 先ほどの映像が夢であったことを認識しながら、頭上で何度も手を握り開いた。

 -しっかりしろよ。チェスカ-

 振り上げていた手を少しずつおろし、首をなで、そのまま胸、腹、太ももへ手をそえた。

 生々しい感覚が未だ残っていたが、ゆっくりと身体を起こすと肩がプルプルと震えた。明け方の冷気が身体を芯から冷やしていた。

 目の前には黒い鉄格子があり、その左端には大きな錠前がかかっていた。

 立ち上がり、鉄格子に近づいて、その先の廊下を見つめた。

 「ここは...」

 頭に手を当てて、昨夜の記憶を手繰り寄せたが、自分がどこにいるかを思い出すきっかけは何一つなかった。

 地面に敷かれている麦わらのマットに触れるとまだほんのりとした温かさがあった。

 もしかしたら、自分の寝相でここから直に煉瓦に触れることになったのかもしれない。

 しかし、ぼんやりと誰かの存在が頭の中をよぎった。
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