短編集『秋が降る』
「私が・・・80歳?」

「ええ。認知症という病気は、人格障害をもたらすことがあります。あなたの場合、それが高校時代に戻ることだった。よほど強い記憶がそこにあったのでしょう。だから、ご自分のお子さんを両親だと勘違いしていたのです」
杉浦先生がまるで高校の授業のような口調で説明する。

「・・・全然わかりません」

これも薬の副作用なの?
私は今、幻覚を見ているの?

それとも、夢?

「飯野さん、あなたの治療には『高校生である』ということを否定しないという方針をとっていました。ですから、鏡を見て失望しないように部屋の鏡もはずしたりしたんです」

・・・そうだ、部屋の違和感。

それは鏡がないことだった。

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