スウィート(!?)シェアハウス~2人の秘密の同居生活~
2階の編集部に行き、タウン情報部に行くと液晶画面をじぃっと見ながらキーボードを高速で打ち込む姫川がちらっと俺に視線を向ける。

「佐藤が来た」
「分かった」
「九条さんも宝条さんの事を気にかけてくれて、ありがとう」
「いいえ。“可愛い妹”を助けるのはお姉さんの役目なので!」

九条さんが右手の親指を立たせて、ニコッと微笑む。

「けっ。いいから原稿を仕上げろよ。俺は荒木とメシを食いに行くから、後1時間で帰れ」
「分かってますぅ」
「高坂のような言い方すんな。イラッとする」
「お腹空いてるから、行くよ」

俺は姫川と一緒に編集部を出て、姫川に連れて行かれた一件のお店に入る。

「高坂が気に入ってる店で、もつ煮は美味いぞ」

どんどん料理が出され、姫川が頼んだ瓶ビールを2人でそれぞれのグラスに注いで、グラスを合わして口に含むと、久しぶりのアルコールが身体に染みる。

「久しぶりに飲んだ」
「全然行きつけのBarに来なくて、三斗も寂しがってるぞ」
「今は本当に忙しくて、そっちに行く余裕がない」
「ま、7月号さえ出れば落ち着くだろ」
「多分」

休刊の事を話せないのが苦しくて、多分としか言えない。

「…………話すのを選ぶのは荒木が決めることだから、それまで待つ」

姫川が揚げ出し豆腐をバクッと食べ、俺は静かに箸を置く。

「話せなくて、ごめん。今はこれしか言えない」
「……分かった」
「ありがと」

姫川は俺の言葉で少し察したのであろう、深く追求しないでくれた。

「お前が書いた原稿はどうすんだ」
「これは大事に自分の部屋に保管する」
「勿体ねぇ。俺が高坂だったら、迷わず荒木を選ぶぞ」
「2人の原稿を出すのが編集長としての責任だし、水野が俺に挑んでくれたのが嬉しかった」
「へぇ、水野がお前に挑戦してくれるまで来たんだ。新人の時はあんだけ赤ペンだらけの紙束にメソメソしてたのにな」
「今も赤ペンは多いけど、今回は届けたい言葉が凄くて、佐藤も同じだった」

俺も箸を持ってもつ煮をバクッと食べる。

「嬉しそうだな」
「そう?」
「お前、気づいてねぇのか」
「全く」
「ま、その前髪じゃぁ目元は分かんねぇが、口は笑ってるのは見て分かる」

姫川が笑って瓶ビールを俺に差し出したから、俺はグラスを持ち、グラスいっぱいにビールが注がれた。

「夏は弟の所に行くから、魚を三斗の店に送る」
「弟さんって海の近くに住んでるの?」
「ああ。俺もそこで育った“大切な場所”で、季刊に選んだのもそれが理由」
「そうなんだ。弟さんって姫川に似てるの?」
「髪型は似てないが、口は俺とそっくりに喋るって九条が言うな」
「どうして九条さんがそういう事を知ってるの?」
「あー…、九条は俺の弟と付き合ってる」

姫川が静かに箸を置いて、グラスに入ったビールを半分飲むとグラスから口を離す。

「うけるよな。惚れた女を自分の部署に異動させたら、弟とくっつくなんて」
「面白くは無い」

俺もビールを飲んで、静かにグラスを置く。

「今はちゃんと気持ちは区切れてるし、仕事としての相性は良いから、それが俺と九条の正解なんだよ」
「姫川がそれで納得しているならいい」

まさか姫川が九条さんの事を想っているなんて想像もしなかったけど、姫川がきちんと仕事人として九条さんと接しているのが偉い。

「お前も“黒い服の男”を早く消せよ」
「亮二はそう簡単には消えないけど、絶対に渡さないし、守る」
「お前をそこまで言わせる女って、どんな奴?」

どんな奴…、そうだな…すぐ思いつくのは…。

「“一緒に帰りたい”と想う人」
「へぇ、良いんじゃね。荒木とこう言う話をしたのって初めてだな」
「そうだな。でも高坂さんと水瀬にはまだ言わないで欲しい。彼女本人の意思もあるし、俺達から言うの待って欲しい」
「俺は高坂みたくいじらんし、水瀬は分かってくれると思うがそこには甘えすぎんな」
「ああ。水瀬の優しさは嬉しいし、今は次の7月号を踏ん張りたい」

姫川がまたそれぞれグラスにビールを注いで、2人でグラスを持つ。

「踏ん張れ」
「ああ」

グラスを合わす音が綺麗に鳴って、お互い一気飲みをした。

姫川とは駅で別れ、久しぶりにアルコールを飲んだから水のペットボトルを買って、道端で一気飲みしてリセットする。

『酒のせいでってしたくないし』

高坂さんが一美に会うときは酒を控えてるって言っていたし、俺も宝条さんと過ごす時は酒を飲まないでいるから、これから帰宅して会うのだからちゃんとしよう。

スマホを取り出して宝条さんに帰るメッセージを送るも、既読にならず、もしかして宿題をしてるのか?そう思い、タクシーで帰り、スーパーに立ち寄って苺のミニパフェを買って、シェアハウスに向けて歩いた。

シェアハウスの外側から宝条さんの部屋を見上げると暗くて、寝ているのか?それなら既読にならないのを納得したので玄関のドアを開けて中に入ると、風呂場のドアが開いていて、まさかー…ドクンと心臓が嫌な予感が鳴り、急いで靴を脱いでバックは床に投げて、苺のミニパフェが入った袋を片手に持ちながら風呂場に行くと、私服の宝条さんが倒れていて、お風呂場の浴槽にはお湯がこれでもかってくらい溢れていて、俺は苺のミニパフェが入った袋を落として、宝条さんに駆け寄る。

「宝条さん!宝条さん!」

身体を揺すっても、宝条さんが目を覚ますことは無かった。
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