スウィート(!?)シェアハウス~2人の秘密の同居生活~
side荒木仁

机の上に置いてあるスマホが揺れたので手に取ってタップすると、真琴からのメッセージを受け取ったので周囲に気づかれないようにそっと見る。

『8時に会議室を出ます!』

シンプルな返事だけど、俺も『分かった、8時15分に編集部を出るから、藍山駅の次の駅で待っていて』と返信してスマホを机の上に置いて、また原稿を書こうと鉛筆を持つ。

「何だか機嫌が良さそうだね」

水瀬から声をかけられたので、顔をそっちに向ける。

「そう?」
「うん。この前は凄く機嫌が悪かったし、最近の仁って変わったなって思う」
「………機嫌の良し悪しは理由があるけど言いたくない」

少し間を開けて機嫌が悪いのは芹澤とのことで真琴と仲が悪くなってしまったからで、機嫌が良いのは真琴と一緒に帰る約束をしたからで、どっちも話したくない。

「話さないのはもう慣れたよ」
「いつかちゃんと言う」
「うん。気長に待ってるね」

水瀬は笑いながら自分の仕事をし始め、俺も鉛筆を持って黙々と一文字づつ書いていく。

個人の企画はサッカーの審判の仕事をしている男性で、会社員時代から好きだったサッカーを観ている内に審判に興味を持ち、研修や実技試験を経て徐々に資格の級を上げて行き、遂に国際親善試合迄も審判が出来る事になった。

審判も立派なスポーツを支える仕事で、この7月号でもっと審判にも目を向けて欲しく、取材をした内容を纏めながら鉛筆を走らせる。

編集部のドアが開いた音が聞こえたので顔を上げると高坂さんが入ってきて、つかつかと俺の所に歩いてくるけど、何か企んでるのかと身構えた。

高坂さんはスポーツ部の空席の椅子にドカっと座って、俺の方へ椅子ごと近づける。

「改めてさ、シンクロの記事を書かない?」

何かと思えばシンクロか…、一度書かないって決めた事を書くのってどうなんだろうと自分に問う。

あれだけ世間に注目されたのが演技ではなく個人の事情で取り出され、佐藤の場合も未だその選手の事で悪い報道が続いているから、このシンクロも井上監督が選手たちが前向きになる時間がかかるかもって言っていたからこそ掲載を見送るって決め、それに俺は7月号の発売を進めるって決めているし…。

「さっき会議室の掲載順を見たが、サマーリーグと球宴の記事はインパクトがあるけど、俺は仁のシンクロの記事を入れないと部数会議の数字を超えるのは難しいと思う」

高坂さんが真剣な表情で言うのはきっとそうなんだろうと感じ、すると姫川はパソコンの電源を落として荷物を纏め始める。

「俺も高坂の意見に賛成」

姫川は荷物を持って編集部のドアの方へ行き、ドアの前で俺の方へ顔を向ける。

「俺はお前の文章が好きだから、あのおっさんにお前の実力を見せつけろ」

姫川はそう言うと編集部のドアを開けて出て行き、バタンと扉が閉まり、水瀬も荷物を纏め、ファッション部の社員も帰り支度を始めた。

水瀬達もドアの方へ行き、ファッション部の社員達が先にドアを開けて出て行き、水瀬が俺の方へ顔を向ける。

「俺も仁の文章が大好きだよ。また明日ね」

水瀬はニコッと微笑んで編集部を出て行き、俺は鉛筆を置いて椅子の背もたれに体を預けて高坂さんに背を向け、顔を上に上げる。

下を向いたら絶対に涙が流れる確信があって、下唇をギュッと噛んだ。

今までだったらこんなにも心が揺れることは無かったが、2人の言葉が嬉しい自分がいる。

「田所達がさ、『やはり荒木編集長の記事が無いと7月号じゃない』って」
「………うん」

元々シンクロの記事を載せる事を想定して部数を考えていたからな、そう言われるとどんどん気持ちが膨らむ。

「それと、宝条さんが『荒木編集長の姿はとても格好良くて一緒に働けて幸せですし、スポーツ部に入って良かったです』だってさ。皆、仁の姿を見てついてきてる」
「…………ああ」

四つ葉に、スポーツ部に所属して10年は超えて様々な社員たちと接し、合わない奴もいたが、田所と佐藤が入社した頃から徐々にスポーツ部のメンバーが増えていって、暫くして真琴が四つ葉に入ってきて、そこから皆とも色々な事で環境や心の変化もあったな。

俺の肩にポンっと手が置かれ、俺は高坂さんの方に振り返る。

「俺も面接で仁の文章を初めて読んで確信した。『絶対に“Scoperta”に必要だ』って。親父の気まぐれでお前の文章を読めなくなるのは嫌だよ」
「ありがと」
「青木印刷所に出すまでの後1週間、やれるだろ?」

高坂さんの言葉に俺は手をギュッと握り、決心する。

「やれるに決まっている」
「うん、いい返事」

高坂さんがニコッとし、お互い右手の拳でゴツンとぶつけた。

腕時計で時間を確認すると、そろそろ編集部を出ないと真琴との待ち合わせに遅れる。

「約束があるから帰る」
「俺も」

高坂さんも椅子を元に戻してお互い編集部を出て、階段の所で別れ、急いで藍山駅に向かい、電車には乗らず、線路沿いを歩き出す。

黒パンツの後ろポケットにしまったスマホを取り出して、井上監督に電話を掛けた。

『もしもし?荒木君?』
「夜分にすいません。お願いがありましてー…、という経緯で、もう一度取材の許可をお願いします」
『勿論!この1週間、荒木君の記事を書けるようにあの子たちにもいっぱい協力させるわ』
「ありがとうございます。明日から宜しくお願いします」
『ええ、楽しみにしてる』

井上監督との通話を終え、スマホを黒パンツにしまう。

姫川、水瀬…高坂さんやスポーツ部のみんなの気持ちに応えるため、1週間、俺の全てを出そうと決め、強く前に歩き出した。
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