夫婦ですが何か?Ⅱ




見慣れないフロアを駆け抜けてまず降り立った事のないエレベーターホールに走りこむと迷わず▽ボタンを押して呼吸を整える。


下の階から浮上するそれに若干の安堵を感じたのは、少なくとも開いた扉の向こうに新崎の姿はない筈。


それでも気になるのは今程駆け抜けてきた背後の方で、ゆっくり上昇する数字にもどかしく心音が速まっていく。


時々後ろを振り返って、言い様のない恐怖との鬼ごっこ。


でも自分に安堵与える到着音を耳にすると早く早くと扉を叩きたいほど。


エレベーターはどんな非常事態だろうとその動きを変えることなく、ゆっくりと扉を開くそこから滑り込むように身を投じて。


案の定誰もいない小さな箱に心底安堵し1階を点灯させた。


後は下降する浮遊感に身を任せ、暴れる心臓を多少なりとも宥めていくだけ。


冷静に、冷静に。


彼と合流さえ出来れば何か解決策が見つかる筈。


そうしたらこんな不安はもう解消される。


後は微々たる間違いを起こさないように慎重に行動するだけ。


精神集中のように目を閉じて、するべきことを念仏のように頭で唱えて息を吐く。


ここまで順調。


不安の回避まであと少しなのだ。


そう言い聞かせれば多少冷静になってきた自分の頭。


ゆっくり目蓋を開ければすでに2階を示す表示になっていて、次の瞬間に響いた到着音に心底安堵。


浮遊感が終わり静かに動きを止めたそこに外気が入りこんで力が抜けた。


開いた扉の先に不安の存在は皆無。


開けたエントランスの景色に言い様のない開放感を感じ、ふらりと身を出すとそのまま入り口に足を向ける。


見た感じまだ彼の姿はなくて、外で待とうかとガラス戸の向こうの外気にその身を晒した。


こんな複雑な事態であっても初夏の晴天の空気は爽やかだ。


一瞬すべてを忘れそうになる晴天を見上げて、すぐに彼が来そうな道すべてに視線を走らせる。


もう来てもいい筈なのに。


早く、早く・・・。


焦燥感に満ちて彼の姿を待っていてれば、不意に後ろの自動ドアが開く音を聞き取って。


若干の不安抱きながら振り返るもその姿は住人であろう母子の姿。


瞬時に緊張した感覚がゆるゆると解消されて、そうして再度確認したその姿には見覚えがある。


あのどこか柔和な男の人の奥さんと子供だ。


数段の階段を子供の手を引き足早に降りてくる姿。


何か不機嫌なのか母親の顔が険しいな。と小さく思い、子供の表情もどこか浮かない。


一瞬のすれ違いに挨拶的な物はなく、でもさほど親しい関係でもないから疑問にも感じない。


そう言えば・・・私、名前もまともに知らないな。


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