【完結】遺族の強い希望により
「やめて!!」


父が右腕を振り上げる。
亮はなんの言い訳もしなかった。
拳が振り下ろされるのを、歯を喰いしばって目も逸らさずに待っている。

――そうじゃない。

「亮は悪くない!!」

みのりが張り上げた大声に、一瞬父の腕の動きが止まった。


必死で亮の元へと急ぐみのりが身体を強くテーブルにぶつけたせいで、一番背の高い父の湯飲みが倒れて茶が零れた。
転がった湯飲みはテーブルの下に敷かれたカーペットに落ちて割れはしなかった。
その上に、テーブルの端から零れた茶が滴り落ちる。

ぴちゃり。

「妊娠したのは亮のせいじゃない! 私が――」

ぴちゃり。

「みのり、やめろ!」

「私が頼んだ!!」

……ぽたり。

「黙ってろみのり!」


全てがスローモーションだった。

父は振り上げた手を止めたまま、驚愕の眼差しを向けてみのりの言葉を待っていた。
みのりにその先を言わせまいと、亮は必死で怒鳴る。
母がその時どうしていたのかは、みのりの視界には入らなかった。


ただ茶が滴る音が、妙にはっきりと耳に届いた。

……ぴちゃん。
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