睡恋─彩國演武─








「連れてれて参りました」


由良に案内されるまま、二人は広間に通された。

部屋の華美な造りに目が痛くなり、顔をしかめる。


「ようやった。下がれ、由良」


先程の春牧という女が、大きな口を歪にして笑っている。


「………御意」


由良が千霧の前から退くと、王が立ち上がった。

うつむいているので、顔を上げない限り千霧からは王は見えないが。

ただ、ツンとした女物の香水の香りに目眩がした。


ふと、目の前が陰ったかと思うと無理矢理に顎を持ち上げられる。

その瞬間、初めて見た王の表情に、体から血の気がひいていく。



顔立ち云々の問題ではない。

どちらかといえば、王の顔は整っている。

……それが実に奇妙に感じられるのは、どういうことか。


「おぉお、麗しい。白桃の肌に琥珀の瞳か。これまた稀なる……」


興奮した口調で、王は千霧の腕を撫で擦り、そのたび、千霧は嫌悪に眉を寄せた。


「名は?名は何と申す」


「……千霧でございます」


「千霧か。その声、鈴のようだなぁ」


王はひたすらに千霧を賛美している。


「贄にするのは勿体のうございませぬか?お気に入られたのならば妾にされては……」


意見したのは春牧。

王は待っていたとばかりに、千霧の腕を強く掴んだ。


だが千霧は。


「貴方の妾になるならば、喜んで神への贄になりましょう。……お離しくださいませ」


怖じけることなく、はっきりと拒絶した。

王は、千霧の強い眼差しに握り締めている手を緩めてしまう。

その隙に振り払うと、王と距離を置いた。


「無礼な!!」


春牧が叫ぶが、千霧は黙って睨み付けた。


「無礼はどちらか」


冷たく言い放つと、王を見据える。


「たとえ王であろうと、他者の肌に気安く触れる権利などありますまい。ましてや、己の崇める神への供物となる身になど、無礼極まりない」


千霧の隠しきれない威厳と気品に、春牧は返す言葉もなかったが、それでもなお、王はいやらしく笑っていた。


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