睡恋─彩國演武─
父である皇とは、同じ場所に住んでいても滅多に顔を合わすことはない。
数年前に母が亡くなってから、彼は千霧を忌み嫌った。
千霧はその存在さえも隠され、朱陽から出ることも禁じられ、自由などは一切与えられなかった。
その理由を、千霧は未だに知らない。
自室に戻り、汚れた服を着替えようと、それまで着ていた服を脱いだ。
不意に、鏡に映る自分の姿。
「……」
何度見ても、好きになれない身体。
傍目に見れば、羨むほどに千霧は美しい。
腰まである絹糸のように艶やかな翡翠色の髪。
大きく潤んだ琥珀の瞳に、長い睫毛。
蓮の花のように白い肌。
唇は紅を塗ったように赤く、頬は桜色に染まっている。
女の様な、ふっくらと丸みを帯びた体つきだが、男の様にしなやかで、凹凸のない肢体。
どんな時も、『無性』なのだと思い知らされる身体が、嫌いだった。
『特別』というのは、千霧にとっては吐きそうなほど嫌悪感のある言葉だ。
それだけで周りからは異端視され、皇子でありながら煙たがられてしまう。
そんなことをぼんやりと考えながら、髪を高く一束に結い上げる。
それと同時に、側仕えの沙羅(しゃら)が長い着物を引きずりながら慌てたように走ってきた。
彼女は千霧が九歳の時に雇われた、明るく活発な少女で、容姿も愛らしい。
肩で切り揃えられたサラリと揺れる髪と、大きな黒目が活発さをあらわしている。
「どうしたの?」
「あの、先ほど不思議な旅人が訪ねてきて、第二皇子──千霧さまにお会いしたいと申しているのですが……」
「私と?」
「ええ。でも今は皇も紫蓮様も会議でいらっしゃいませんし……お会いにならない方がよろしいのでは?」
千霧は少し考えてから、首を振った。
「ううん、広間に通しておいて。会ってみたい」
「承知しました。あの、千霧様……」
「ん?」
「い、いえ。何でもございませんわ!失礼します」
沙羅は何か言いたげな表情をしたが、すぐに部屋を出ていった。
彼女を気にしながら、千霧も正装に着替え、護身用の小刀を腰にさすと自室を後にした。