睡恋─彩國演武─
*
「ただいま戻りました」
朱陽の中心にある王宮。
扉を開ければ、贅を凝らした造りの部屋が広がり、同時に大勢の召し使いの姿が見える。
第二皇子の帰還に気付くと、仕事をしていた召し使い達も手を止め、一斉に頭を下げた。
義務づけられたその姿は、ひどく滑稽に見える。
「千霧、また山間の集落に行ってたなんて、父上に言ったら叱られるよ?ただでさえ君が外出すると勘にさわるんだから──」
「兄様……」
召し使い達の間から出てきたのは、第一皇子の『紫蓮(しれん)』。
千霧の二歳違いの兄で、長い髪を常に後ろで束ねている姿は気品に溢れている。
彼は、生まれた時から次期皇になることが決まっている。
その為、第二皇子とはいっても、実際のところ名前だけで、千霧の政治的権限は皆無に等しいのだ。
「……では、次から気を付けます」
「うん、それがいい。父上も煩いからね。あぁ、それと……」
「なにか?」
「急な会議が入ったんだ。これから父上と青城まで行かなければならないのだけど……」
「承知しました。では、その間のことはお任せください」
「ありがとう。君がいて助かるよ」
紫蓮は柔らかく微笑んだ。
穏やかで優しく、聡明な兄。
その姿は、いつも千霧の憧れだった。
ただ、それだけ自分との間に差を感じてしまうのは、千霧にとって辛く、淋しいことでもあった。