睡恋─彩國演武─
「呉羽……いろんな話は、また後で聞かせて。今は少し、時間が欲しい……」
無理やり笑顔を作って、彼の返事も待たずに広間を飛び出した。
「千霧さまっ!走っては危のうございますわ!!」
廊下ですれ違う沙羅の制止も、耳に入っては来なかった。
分厚い正装を乱雑に脱ぎ捨て、軽装に着替えると森へと走った。
聲は、森から響いていた。
あの森へ近づくにつれて、段々と頭痛が酷くなる。
まるで拒絶するように。
すでに辺りは暗く、空には月が顔を出していた。
前が見えず、微かな月明かりを頼りに進むと、小さな祠に紅い風車。
肌に生ぬるく不快な風が吸い付いてくる。
「グルルルル……」
背後に感じる『人ではないモノ』の気配に、素早く身を反転させ、腰につけた護身刀を引き抜く。
狼のような姿。
瞳は闇に沈み、鋭利な爪を持っている。
口から血生臭い息を吐き出しながら、それは千霧を見つめていた。
「異形か……私を呼ぶのはお前なのか?」
(我ガ主、目覚メル。世界ハ混沌シ、彩國ハ滅スル)
千霧の頭に、直接響く声。
頭が割れるように痛い。
同時に激しい耳鳴りに襲われる。
「主……?」
(血ダ。血ガ欲シイ。血ガ足リナイ。欲シイ。ヨコセ。オマエノ血……神ノ血ヲ!)
瞬間、異形の瞳が赤く光を宿した。
血に飢えている証。
異形が狂暴化する前兆。
そうなれば、斬るしかない。
斬らなければ……こちらが危ない。