睡恋─彩國演武─

「呉羽……いろんな話は、また後で聞かせて。今は少し、時間が欲しい……」

無理やり笑顔を作って、彼の返事も待たずに広間を飛び出した。

「千霧さまっ!走っては危のうございますわ!!」

廊下ですれ違う沙羅の制止も、耳に入っては来なかった。

分厚い正装を乱雑に脱ぎ捨て、軽装に着替えると森へと走った。

聲は、森から響いていた。


あの森へ近づくにつれて、段々と頭痛が酷くなる。

まるで拒絶するように。

すでに辺りは暗く、空には月が顔を出していた。


前が見えず、微かな月明かりを頼りに進むと、小さな祠に紅い風車。

肌に生ぬるく不快な風が吸い付いてくる。


「グルルルル……」


背後に感じる『人ではないモノ』の気配に、素早く身を反転させ、腰につけた護身刀を引き抜く。

狼のような姿。

瞳は闇に沈み、鋭利な爪を持っている。

口から血生臭い息を吐き出しながら、それは千霧を見つめていた。

「異形か……私を呼ぶのはお前なのか?」

(我ガ主、目覚メル。世界ハ混沌シ、彩國ハ滅スル)


千霧の頭に、直接響く声。
頭が割れるように痛い。

同時に激しい耳鳴りに襲われる。

「主……?」

(血ダ。血ガ欲シイ。血ガ足リナイ。欲シイ。ヨコセ。オマエノ血……神ノ血ヲ!)


瞬間、異形の瞳が赤く光を宿した。

血に飢えている証。

異形が狂暴化する前兆。

そうなれば、斬るしかない。

斬らなければ……こちらが危ない。


< 15 / 332 >

この作品をシェア

pagetop