睡恋─彩國演武─

しかし、人が異形を斬っても、根本的な解決にはならない。

彼ら異形は、たとえ人に傷つけられたとしても、死ぬことはない。

──異形同士なら話は別だが。

目の前の異形は低く唸りながら、にじり寄って来る。

赤い眼には千霧を捉えたまま。

一歩、二歩、確実にその距離は縮んでいった。

本能が警鐘を鳴らした。
このままではまずい、と。

異形が間合いをつめて、一気に千霧の方へと飛び掛った。

避けている暇は無い。
異形の動きが速すぎる。

反射的に身を捩るが、間に合わないのが分かる。

攻撃を予想して、硬く目を瞑る……が、あるはずの衝撃が無い。

薄目を開けると、視界の端を白い獣が横切った。

……銀色の、虎。

虎は異形に飛び掛かると、その喉元に力強く喰らいついた。

異形が大地を揺さぶるような、呻き声とも悲鳴ともつかない声をあげ、音を立てて倒れる。

その光景に圧倒されていると、あることに気付いた。

虎の瞳の色。
澄んだ、碧。


「──呉羽」


その名前に反応するかのように、虎は千霧を見た。

(陽の力をお使いください。異形を浄化できる強い力を……)

心に直接語りかけてくるような声は、どこか懐かしい。

それが『当たり前』のことのように。


「陽の力?私は……」


そのような力は使えない、そう言おうとした時。


「千霧さま」


少女の声がした。

辺りを見回しても、該当する人間の姿などない。


「どうして助けてくれなかったの?痛かったのに。何度も呼んだのに。ドうシテ助けてくレナかったの?お母さんモあナタも、ミんなセリカと同じヨウに苦しめバいイのに」

無邪気な声は、異形の中から聞こえていた。

昔、聞いたことがある。

異形に喰われた者は、魂を囚われ永久に一つになるのだと。

救う方法は、異形と共に浄化すること。

陽は異形の放つ陰の気と対。

陽の力が使えるなら、人の身でも異形を浄化できるはずだ。

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