睡恋─彩國演武─
敵意の渦巻く王宮の中には居るのが嫌で、誰にも告げずに裏庭からそっと脱け出した。
どこに行こうかなんて考えていない。
どこに行けば自由になれるのかも分からない。
それでも、千霧は歩みを止めようとしなかった。
「千霧さまっ」
袖を引っ張られて、童女の存在に気が付く。
森が近い。
気付けば、王宮からかなり遠くまで歩いて来ていた。
「あのねっ、むらにイギョウがいなくなって、うれしくてセリカのところに行ったらね、きれいなお花がかざってあったの」
「花が?」
「うん!とってもきれいなんだよ!」
童女が急かすように千霧の袖を引っ張るので、案内されるままついていった。
「あ……」
セリカの墓前で、童女はニコニコしながら“これだよ”と指をさした。
「黒い曼珠沙華……」
凛と飾られた、二本の曼珠沙華。
それは陰の象徴とされ、陽の人間からすれば滅多に見られない貴重な花。
なぜ、そんな花がこんな所にあるのか。
本来、曼珠沙華は陽には咲かない。
咲くのは、陰の国にだけ。
その曼珠沙華があるということは、ここに陰の者が来たという証拠。
「ね、きれいでしょ?」
「……うん。そうだね。とても綺麗」
ふと、セリカの母親の顔が脳裏に浮かんだ。
彼女と約束したんだった。
セリカのような犠牲を、もう二度と出さないと。