睡恋─彩國演武─


千霧の前に立っていたのは、呉羽よりも背丈のある青年。

彼もまた黒い外套を深く被り、その隙間から異様な眼光を放っていた。

警戒するように、呉羽が千霧の前に出る。

そして何も返答をしない青年を見据えた。


「我が主人が非を詫びている。何か言葉を返されよ」


青年はゆっくり視線を呉羽に移す。


「……すまない」


そう呟いたかと思うと青年は千霧の脇を通りすぎ、すぐに人混みへ紛れて見えなくなった。

千霧はしばらく立ち尽くしていたが、呉羽に肩を叩かれて我に返る。


「大丈夫ですか?顔色が優れないようですが……」


「うん……大丈夫。なんだか、急に金縛りみたいになって……」


四肢が自由に動かなかった。動悸が激しくなり、嫌な汗が額に浮かぶ。


「あの瞳から目をそらせなかった」


冷たいのに、悲しい瞳。

大切な何かを失ってしまったような空虚な視線。



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