ひめごと。



「春菊……?」

 だが、やはり、谷嶋は春菊の言葉を信用しない。眉尻は依然として下がったままだった。

「ほんとう、なんでもないんです。お仕事、行かなきゃ!! ね?」

 このまま自分の傍にいれば、優しい谷嶋に甘えたくなってしまう。

 それに、いつまでも身体が接近していると、今朝方、見た夢のことをまた連想してしまいそうになる。浅はかな夢を現実にしたいと思ってしまう――……。

 このまま、こうしていてはいけない。優しい彼を、自分のおかしな考えで汚してしまう。

 だって彼が自分を身請けしたのは、身体が弱っているにもかかわらず、無理矢理水揚げをさせられようとしたからなのだ。

 相手が誰であれ、優しい彼は、誰でも簡単に身請けするだろう。


 だったら、これ以上浅はかな望みを抱く前に、すぐにこの屋敷から出て行かなければならない。

(――今日、匡也さんがお仕事にでかけたら……ハルが洗濯に行った隙を狙ってココを出よう)



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