【完】山崎さんちのすすむくん

霧のような雨の向こう、通りの少し先が何やらざわざわと騒がしいことに気が付く。


「局長」

「うむ」


そのざわつきが持つ不穏な空気を局長も感じたのであろう。


俺達はただそれだけ言葉を交わすと、足早にその場へと向かった。



騒ぎの元は大通りから脇に逸れた小路。


雨土の臭いに紛れて錆びた鉄の様な臭いが鼻をつく。


地面に滲んだ赤黒い色と膨らんだ筵(ムシロ)が何があったかを一目瞭然にしていた。


既に同心(下級役人の一つ、所謂警察)が処理を始めていたので局長にはそちらをお願いすることにし、俺は散らばりかけていた野次馬に近付いた。







「身元を証明するものは何も出なかったらしい。やられたのは後ろ、左脇腹から右肩にかけてをバッサリだ。恐らく抜刀の一撃だろうな」


大路へ姿を現した近藤局長が難しい顔で顎を擦る。


……後ろから、か。


その言葉に一つの仮説を立て、局長を見上げた。


「数人の男が口論をしていたのを長屋の住人が聞いていました。はっきりとした内容まではよくわからないようですが、どうもこの辺りの言葉ではなかったようですね」


と一度言葉を区切り、次に俺の考えを口にする。


「仲間割れ、と言ったところでしょうか。後ろから斬られてると言うことは何らかの口封じという可能性もあるかと思われます」


どこぞの脱藩浪士のただの小競り合いなんか、はたまた副長の読み通り長州の奴等がそろそろ動き出そうとしとるんか。


……まだなんとも言えんな。考えようによっちゃこんな死体それほど珍しいっちゅう訳やないし。


でもまぁ可能性が出てきた以上、これは諸士調役全員がより注意する必要がある。


副長に要相談、やな。


「うむ。しかしまぁこれ以上は此処にいても仕方あるまい。一先ず屯所に戻ろう」


そんな俺の考えを読んだように局長が歩きだす。


「はい」


そのあとに続きながら、ちらりと筵に目をやった。



春の雨に濡れた筵。


胸に渦巻くのは長州に対しての嫌な予感なのか、それとも……──


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