【完】山崎さんちのすすむくん
まぁ、それも一瞬。
「……でも私も烝さんが来てくれて良かったです。なんかほっとしました」
えへへと笑う夕美はいつもの幼いそれだった。
そのことに少しばかり胸を撫で下ろし、ふっと息を溢すとおもむろに手を伸ばした。
「何笑てんねん、お陰でこっちはずぶ濡れや。お前さんと絡むとなんや濡れてばっかやし」
狙ったのはその額。
「った! もーそのデコピン結構痛いです!」
「人が前に警戒心持て言うたのにあんなとこでぐーすか寝とる阿呆への罰や罰」
「う……それは……」
額を押さえながらも決まりが悪そうに拗ねる様子に俺はまた小さく笑って、真っ直ぐにその眼を捉えた。
「前も言うたけど、一人で出歩く時はほんま用心しぃや? 何かあってからやったら遅いんやで?」
……そう、遅いんや。
幼子を諭すように、柔らかく、だが真剣に伝える。
「……はい」
今回のことで身に染みたのか、神妙な面持ちで頷く夕美にニッと口角をあげ、その頭をぽんぽんと叩いた。
「ん、わかったらええねん。まぁほんま何もなくて良かったわ」
「うーまた子供扱いしてるしっ……」
なーんて膨れるから幼く見えるんやけど。
……まぁ琴尾も似たよな顔しとったっけ。
ふと脳裏を掠めたのは、温かな思い出。
痛みもなく自然と頬が緩むのは、きっと今日という一日の所為で。
そんな俺を見て、何故か夕美はまたへへへと笑みを浮かべた。
はにかむそうなそれに、つい俺までつられててしまう。
そんな空気に一瞬在りし日の琴尾が重なって見えて……少し、胸が温かくなった。