【完】山崎さんちのすすむくん

ゆるりと体を起こし、俺は漸くその男の方に僅かに顔を向けた。


視線を上げる気にもならず、ただ宙を見つめる俺に、男は何かを差し出す。


「見つけたのは橋の下だ」


視界の隅で揺れるそれは。



……御守り?


こんなん……持ってんの見たことないけど……。


もしかして今日……もろたんか?



震えの止まらない指を伸ばし、それを手に取る。


水を含んだ御守りは泥にまみれ茶色く汚れているけれど。



これは……梅宮さんとこの……。



息を飲み、改めてその姿を見る。


よくよく見ればその手にも固く何かを握っていた。


一見何の変哲もない一本の藁(ワラ)。故にこの男達は気にも止めていなかったのだろう。


だが、俺にはわかる。


それを握り締めて放さなかった琴尾の想いが。



……わら天神の……か。



頭がそれを理解するともう、嗚咽しか出なかった。


心の臓が、心が、何かに押し潰されるように苦しくて、喉の奥から苦いものがせり上がってくる。


濡れた御守りを握り、それを抱き締めるように俺は頭を垂れ。



ただ声を殺して、泣いた。















梅宮さんも、わら天神も、ここらでは子授けで有名でな。


俺らに子がでけんことを琴尾は気にしとったから……あれは兄弟も多いし、尚更賑やかなんに憧れとった。


せやからあれはあの日、一人で御詣りに行ったんや。


俺は町医として漸く周りの人らに認められてきた時やったから仕事を休む訳にはいかんくて……言えんかったんやろな。


出掛けのあの笑顔も、帰ったら話すっちゅう言葉も、それで合点がいった。


あれは俺らの為に一人出掛けて。


その帰りに手籠にされて……殺されたんや。
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