マネー・ドール
 真純が企画部に異動して五年目。企画した商品がヒットし、真純はチーフに昇進した。さらに三年、真純は次々にヒット商品を出し、中堅企業だった真純の勤務先は、上場した。同時に真純は部長に昇進し、三十三で、しかも女で、異例の出世を遂げた。部長になってからも、業績は右肩上がりで、佐倉部長は、会社に莫大な利益を与え続けた。
 俺は真純の会社の忘年会やら慰安旅行やらバーベキューやらには必ず同伴させられ、俺達は社員の前で、ハリウッド映画並みの演技をする。佐倉部長は家庭も大切にし、仕事もバリバリこなし、オシャレで美しく、部下思いで、明るい、社交的なパーフェクトウーマンで、女性社員はもちろん、男性社員からも憧れの的。その中でも、ずば抜けていたのが田山という、中途入社三年目の二十八歳。真純のチーフ時代からのアシスタントで、見た目はまあまあイケメンで、クールにしているけど、俺に明らかな敵意を持っていた。真純に惚れてるんだろう。
だけど、残念だな。お前の憧れの佐倉部長は、お前になんか興味はないんだよ。佐倉部長が愛せるのは、わが身と金だけ。かわいそうだけど、諦めろ。
 
 その夏の慰安旅行は沖縄で、真純は三十三の爆裂ボディを、白いビキニで如何なく披露していた。ビーチで皆に囲まれる佐倉部長を、田山は遠くから見ている。どうせ、エロい妄想してんだろ?
「田山くん、どう?」
俺は、笑顔で田山にビールを差し出した。
「ありがとうございます」
「君も大変だね。あんなキツイ上司にこき使われて」
「いえ……尊敬、してますから」
田山は美大出のデザイナー崩れで、未だに建築デザインの世界に未練があるらしい。
「真純から、聞いたんだけどね。君、デザイナーだったんだろ?」
「ええ、まあ」
「知り合いにさあ、ショップデザインやってる奴いてね。よかったら、紹介するよ?」
田山は俯いて、ぼそっと言った。
「部長と、離したいんですか」
「え?」
「いえ。今の仕事、気に入ってるんですよ」
「そうなんだ」
遠くから、佐倉部長の笑い声が聞こえる。田山は眩しそうに、その光景を眺めていた。
「佐倉さん。俺、八時間、毎日部長と一緒にいるんですよ。泊まりの出張も、二人で行きます」
なんだよ、それ。
「部長、俺にはすごく笑うんですよ。あんなことがあった、こんなことがあったって。一緒に飯食ってると、楽しそうに、いろんなこと話してくれるんですよ」
「へえ、そうなんだ」
「ご主人のこと、いつも自慢してます。優しくて、いい人だって」
「照れるなあ」
「……本当かな」
なんだ、こいつ。
「どういう、こと?」
「俺には、部長が本当に家庭で幸せを感じているようには思えません」
田山は細身で、色白で、神経質そうで、全然違うけど、俺は一瞬、田山が杉本に見えた。
「田山クーン!」
遠くから、佐倉部長が走ってきた。パーカーの前がはだけて、白いビキニがブルンブルン揺れている。
「ビーチバレーするよ。田山くんも来て」
「日焼け、できないんで」
「ええ、そうなのぉ? 田山くんが入ってくれたら、絶対勝てそうなのにぃ」
真純は田山の前にしゃがんで、白いビキニに収まりきれていない乳肉を突き出し、内腿の隙間から白いパンツをちらつかせた。田山はクールに目を逸らし、しょうがないですね、と立ち上がった。
「わぁい! 部署対抗なんだよ。優勝したら、エアコン変えてもらえるんだって!」
真純は田山と腕を組み、ビーチバレー会場へ行った。俺はぼんやりと二人を見送り、隣に座っていた経理部長のじじいに営業をかけた。

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