きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
 ニコルさんが杖をシャリンさんに向けた。杖の先端の珠が緑色に光る。
 “闘士強壮”
 物理攻撃力アップの補助魔法。ニコルさんのスキルリストを見ると、補助系が得意らしい。3歩下がって相手を立てるタイプだ。
 シャリンさんが細身の剣を構えた。隣でラフさんが2本の大剣を抜く。
「いくわよ!」
 BPM240の超アップテンポで攻撃開始だ。アタシが選んだのは雷系の攻撃魔法。速いけど素直な譜面だから、PFC率が高い。PFCってパーフェクトフルコンボね。威力マックスって意味のピアズ用語だから覚えて。
 シャリンさんが飛び出した。
「速っ!」
 すでに指が覚えてる譜面をコマンドしながら、アタシの目はシャリンさんの動きに釘付けになる。
 シャリンさんの細身の剣がひるがえる。何回振るったのか見えないくらいの、電光石火の連撃。
 “Wild Iris”
 ヒット判定の出たハン・ガルダの動きが止まる。そこをラフさんの双剣が襲う。
 “stunna”
 間髪入れず、シャリンさんが畳み掛ける。
 “Cruel Venus”
 アタシの雷魔法がそのとき完成した。
 “ピカピカ稲妻!”
 スキル名が間抜けなのはアタシの趣味です、スミマセン。でも、威力はあるから! 真っ青な空から一直線に降ってきた稲妻が、ハン・ガルダの背中に突き刺さる。
「よぉっしゃ、クリティカル!」
 アタシの雄叫び。それに応えるニコルさんのエール。
「お見事、ルラちゃん」
 爽やかボイス! アタシ、完璧にニコルさんの美声の引き立て役じゃん。
 バトルはすでに終盤だった。稲妻で撃ち落としたハン・ガルダは、シャリンさんの連続攻撃を受けて起き上がれない。
 トドメはラフさん。片方でも重い大剣の一撃を、両方まとめて叩き込む。
 “c-ya”
 ハン・ガルダのヒットポイントがゼロになる。青い光になって消えて、経験値とお金が入ってくる。スピーディクリアのボーナスポイントがすごい。
「ほんとに30秒だった……!」
 速すぎ。鬼っていうか神っていうか、そういうレベルで速すぎ。シャリンさん、めっちゃ強い。しかも、自分だけじゃなくて、ラフさんのリモート操作もしてたんでしょ?
 ん? 待って待って。遅ればせながら思い出した。SHA-LING《シャリン》って名前、アタシ知ってる。
「あのぉ、シャリンさんって、コロシアムのハイスコア記録保持者ですよね?」
 シャリンさんは髪をサッと払った。
「そうだけど。だったら何?」
「ですよね~。その髪のオーロラカラー、コロシアムでの優勝限定ボーナスですよね~。一目で気付けって話ですよね~」
 コロシアム優勝って、そりゃー強くなきゃ達成できない芸当だけど、シャリンさんの強さは桁違いだ。AIを相手にする多角バトルモードでの最速記録、ずば抜けてる。
 アタシ、シャリンさんみたいに伝説的に強い人と仲間《ピア》になっていいんでしょうか? 今さらながら気が引ける。
 ニコルさんがアタシの肩に手を載せた。カメラアイを上げると、ディスプレイの真ん中に優しい笑顔が映される。
「気を遣わなくていいよ、ルラちゃん。シャリンが強いといっても、1人では魂探しは難しい。ボクと2人でも手に余る。キミの力を貸してほしいんだ」
「でも、アタシ、強くないですよ? PFC出せないこともけっこうあるし」
「ボクもバトルは強いほうじゃないよ。使えるスキルは補助系や使役系ばっかりだから、むしろ弱い」
 シャリンさんが腕組みをした。クールビューティでスレンダーだから、素早さ重視のビキニアーマーがいやらしくない。噂以上にカッコいいわ、この人。
「手伝うでしょ、ルラ? BPM240なら合格ラインよ。正直に言うと、ラフに関連するバグの影響を受けている以上、アンタのデータも監視したいの。ラフの意識に到達する手掛かりは、1つでも多くほしい」
 ピリピリに張り詰めたシャリンさんの口調に、アタシの背筋が伸びた。そうだ、これは単なるゲームじゃないんだ。命懸けって呼べそうなくらいの、本気の人助け。アタシはビシッと右手を挙げて宣誓した。
「わかりました! 不肖ルラ、できる限り協力させていただきますっ!」
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