ハロー、マイファーストレディ!

嵌められたと分かったときには、すでにマスコミの包囲網がすっかり出来上がっていた。あまりの手際の良さに、思わず感心してしまったほどだ。
その一方で、罠に掛かった途端に八方を塞がれるような出来過ぎた展開に、この茶番劇を影で操っているのは、相当な力を持った人間だと冷静に推測する。

見開かれた週刊誌を前に、先ほどから俺の前で項垂れている男には、いつも切れ者で通っている敏腕秘書の面影はない。
それも無理はないだろう。数時間前に事務所へ送られてきた今朝発売予定の週刊誌。巻頭スクープとして大きく掲載されているのは、透が飲食店の個室らしき場所で、対面した男からやや厚みのある封筒を受け取っている写真だった。

「透、いつまでそうしてるつもりだ?いい加減顔を上げろよ。お前らしくない。」

声を掛けても、返事はおろかぴくりとも動かない。腕にはいつもきびきびと働いている時のような力はなく、項垂れる頭を何とか支えているだけだった。この友人のこんな姿をいまだかつて見たことがあるだろうかと考えて、思わず俺も溜息をついた。

「谷崎君、起きてしまったことは仕方ない。それより、これからどうするかを考えよう。」

透の隣に座る大川も、さすがに表情は険しいが、掛ける言葉はいつも以上に優しかった。なぜなら、詳しく話を聞いてみても透に落ち度と思われるような点は特に見つからなかったからだ。

要するに、きわめて周到な罠に、嵌まるべくして嵌められただけ。

あの後、透は慎重に調べを進めて、久住を日本料理店の個室に呼び出した。もちろん、いつも利用していて信用の置ける店だ。場所もこちらから指定をして、再度話を聞いた。事前に聞いていた話とほぼ内容は同じだった為、テープを公開するのを止めてもらうよう願い出た。

迷った末に、今回彼女には久住の話を全て伝えることにした。話を聞いて真依子が出した答えは、やはり俺の予想した通りで。そっとしておいて欲しいという彼女からの伝言に、久住は納得したような顔をして、「では」と一つの封筒を差し出した。

中には例の証拠のテープが入っているという。真依子に渡して欲しいと言われて、透は中身をちらりと確認してから受け取った。

テープの入った封筒は、確かに札束の入ったそれに見えなくもない。透が中身をちらりと確認したところも、いかにも後ろめたい金を受け取っているように見えるのかもしれない。

個室の小窓から撮られたと思しき写真はアングルもばっちりで、どれもこれもが計算され尽くされているとしか思えなかった。
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