残業しないで帰りなさい!
課長は拳を口元にあてて、何かを考えているようだった。
「壁ドン……ねえ」
つぶやくようにそう言うと、私の方に体を向けた。
「怖かったら、ごめんね」
「えっ?」
怖かったら?
え?何?
課長は私に向かって手を伸ばすと、いきなり顔の前で手のひらを広げたから、ビクッとした。すぐ鼻先に課長の手のひらが見える。
課長はその状態でじりじりと近付いてきた。
え?なになに?
手のひらをじっと見ながら、私もじりじりと後ずさりをする。
どうしたの?何してるの?
そのまま壁にトスッと背中が当たった。それでもまだ課長は近付いてくる。
課長の手のひら、顔に当たっちゃうよっ!
そう思って顔を背けて目を細めた時、課長は手のひらを横にずらして、そのまま私の耳の横の壁にトンッと手をついた。
「これって、壁ドン?」
「え?」
「これっていわゆる壁ドンなのかな?」
ええっと……?
私は背中を壁に付けていて、課長が私の耳の横の壁に手をついている、この状態。
ん?……そう、ですね。これっていわゆる壁ドンですねっ!
恐る恐る見上げて、うんうんとうなずいた。
「……そっか」
私も少しづつ自分の置かれた状況を理解し始めて、じわじわとドキドキしてきた。
私、今、課長に壁ドンされてる……?
えっとえっと?
なんで?
どーゆーこと?
ずいぶん静かな壁ドンだったけど。
全然怖くなかったけど。
微かな煙草の匂いと耳の横の腕の近さにはすごくドキドキするけど、課長との距離自体はこの間よりも遠い。だから、怖くないのかな?
課長って、腕長いなあ……。
「確かに、さっきはこんな感じだったかもね」
課長は無表情で言った。
そうです!あなたはさっき、こんなことをしていたのです。