残業しないで帰りなさい!
「翔太くんなら、なんでも平気」
「そう?……よかった」
抱き締める腕に力が入ったのを感じる。
「他の男の人は基本的に何でも怖いなあ」
「うーん、そっか」
でも、普段と倒れたあの時とでは、ちょっと状況が違うと思う。
「あの時はね、いろんなイヤなことが重なっちゃって、追い詰められたから倒れたんじゃないのかなって思ってるんだ」
「イヤなこと?」
「うん。商談相手のオジサンにセクハラみたいなことを言われたり、接待しろって言われたり、それにあの時、高野係長から翔太くんと久保田係長のことを聞いてすごく落ち込んでたし」
「ふーん……。香奈ちゃん、あの時から俺のこと、そんな風に思ってくれてたんだ?」
あっ、うっかりペロッと言ってしまった。恥ずかしい……。
「……う、うん。あ、あとはね、シトラスのコロンの匂いかな」
「シトラスのコロン?」
「なんて言うのかな、柑橘系のコロンの匂いが苦手なの。犯人が付けてたから……あの匂いはかなり苦手。でもやっぱり倒れた直接の原因は、あの男の人に触られたからだと思う」
「……そっか。じゃあ単純に触られたらすぐに倒れるってわけでもないんだ?」
「うん」
「なら、少し安心したよ。男に触れないようにするために、香奈ちゃんの生活そのものが制限されてるんじゃないかって心配してたんだ。俺もどのくらい触れていいのか、わかんなかったし」
翔太くん、そんな風に心配してくれてたんだ。全然知らなかった。
「倒れたのなんてあの時だけだし、普段は男の人に近付かないようにしてるだけだから、大丈夫だよ?」
翔太くんは大きく息を吸った。
「でも、やっぱり心配。香奈ちゃん、約束してくんない?」
「約束?」
約束って、なんだろう。
見上げたら、翔太くんは本当に心配そうな瞳をしていた。
青い闇の中だとその瞳も甘く見える。