残業しないで帰りなさい!

翔太くんの長い指が頬を撫でる。

「俺がちゃんと香奈ちゃんに『今日は部下がうちに来るんだ』って伝えておけばよかったんだよね?そういうのマメじゃないから、俺がいけないの。ホントに、ごめん」

翔太くんは悪くない。私が勝手に暴走したからいけないの。
でもうまく言葉が出てこない。

「……ごめん、なさい」

「香奈ちゃんは悪くないよ。今回はちょっとタイミングも悪かったしね。……ところで香奈ちゃん、何を買って来たの?」

翔太くんは私の手から買い物袋を取り上げたから、痺れたみたいにうまく喋れない口で、がんばって説明した。

「……オムライスをね……作ってあげたいなあって、思って」

「あ!いいねえ。オムライス、食べたいなあ」

でも、翔太くんが持ち上げた袋を見たら、卵が割れてしまっているのが見えた。
落とした時に割れちゃったんだ……。

「卵、割れちゃった……。うぅっ……」

卵が割れてしまったことがなぜだかものすごく悲しくて、また泣き出してしまった。

翔太くんが焦って袋を覗き込む。

「香奈ちゃん、大丈夫っ!まだ生き残ってる卵、いくつかあるよ?ねっ?」

翔太くんが一生懸命慰めてくれている。たかだか卵が割れたくらいで、どうしてこんなに悲しいんだろう。

翔太くんは買い物袋を置いて私をぎゅうっと抱き締めた。

「香奈ちゃん……ごめんね」

「……寂しかったの」

そうなの。
最近会えなくて、私、本当に寂しかった。
会いたくて会いたくて、仕方がなかったの。

「寂しい思いをさせてごめん。……俺も寂しかった。死ぬほど会いたかった」

そうなの?
翔太くんも会いたかった?
私たち、同じ思いだった?

「だからね」

だから?

翔太くんは私を少し離して甘い瞳で見つめた。

「一緒に暮らそう?」

え?
……一緒に住むってこと?
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