残業しないで帰りなさい!
エレベーターで7階まで上がって、自分のデスクからバッグを取って戻ると、藤崎課長はこの間と同じように腕組みをして壁に寄りかかっていた。
「待ってるから、着替えておいで」
「はい」
更衣室に入ってロッカーの扉を開けたら、ふとロッカーの扉の裏側についている小さな鏡に映った自分が目に入った。
今まで鏡なんて気にしたこともなかったのに、なんだろう。
そんなことより……ホントどうしよう。男の人と食事に行くことになってしまった。
怖いとは思わないけど、……ドキドキする。
怖いドキドキじゃないから、緊張のドキドキ?
そういえば私、ほぼノーメークだし、着替えたら普通にジーパンとジャケットなんだけど、食事に行くのにこんな格好でいいのかな?
いや……、私はこれでいいんだ。
藤崎課長にもう『女の子』だなんて思わないでほしいから、これでいいんだよ。
そのまま急いで着替えて、なぜか気になったロッカーの鏡は無視して、いつも通り化粧はしないで更衣室を出た。
「お待たせしました」
私が頭を下げると、藤崎課長はにっこりと笑った。
「じゃあ、行こ」
あれ?もっとイヤな顔とかされるんじゃないかと思ったけど。藤崎課長、服装とか化粧とか気にしないのかな。
それにしても、スーツの藤崎課長とジーパンの私が並んでいると違和感あるなあ。
食事に行くことも並んで違和感があることも、どちらも居心地が悪くて、世界が窮屈になったみたいに感じた。