残業しないで帰りなさい!
あれっ?
っていうか藤崎課長、私が近寄って見てたこと、いつから知ってたんだろう。
まさか!本当は最初からずっと起きてた?
「あの……ずっと、起きてたんですか?」
藤崎課長は振り返って私の方を向くと肩をすくめた。
「寝てないって言ったでしょ。君のこと考えてたら突然目の前に君が現れたからさ、反射的に寝たふりしちゃったんだ。……ごめん」
「ええっ!?」
そんな……。
寝たふりだったの?
私、藤崎課長が寝てると思って、あんなに近寄ってまじまじと見てしまった。
「俺のことなんか見なかったことにして、そのまま通り過ぎんのかと思ったのに。どんどん近付いてきて、穴が開くほどじーっと見るから、どうしようかと思ったよ、ホント」
耳がジワッと熱くなるのを感じた。これは……かなり恥ずかしい。うっかり触らなくてよかった。
私がうろたえていると、藤崎課長は少し降りた階段をもう一度登って私の前に立ち、真顔で私を見下ろした。
「?」
どうしたんですか?
ちょっと……距離が、近くないですか?
すぐ目の前に、課長の紺とグレーのネクタイ。……ネクタイって、どんな手触りなんだろう?ちょっと触ってみたいなあ。またそんな好奇心がわいて、ネクタイの生地をじっと見た。
そして、距離が近いことをうっかり忘れて、何気なくふっと見上げた。
そこにあったのは、さっきよりずっとせつない瞳だった。じっと私を見つめる瞳はせつなすぎて刺さるようで、思わず息を飲んだ。目が合ったまま視線を離すことができない。
なにこれ……、どうしよう。胸が痛い。