残業しないで帰りなさい!

「人事課は4階ですよね?」

「4階でサボってると、大塚に見つかるんだもん」

「はあ、まあ。それはそうでしょうね」

「それに、ここまで上に来ないと見えないんだよね、富士山」

「……そうですか」

そう言った後、二人ともしばらく黙ってしまったけれど、藤崎課長は会議に向かう気になったのか、くるりと背を向けて階段を降り始めた。

でも、少し段を降りた所で背を向けたまま立ち止まった。黒い髪がサラサラと風になびいている。

……?
どうしたのかな?

私が首を傾げていると、藤崎課長は少しだけ顔をこちらに向けた。

「君は……」

「?」

「ここで寝てたのが俺じゃなくても、あんな風に近寄ってじっと見たりしたの?」

「えっ?そ、それは……」

なぜか好奇心がわいて、吸い寄せられるように近寄って観察してしまった。でも、他の人だったら絶対に近寄らなかったと思う。

だって、男の人は怖いし。興味もないし。

……?

私、藤崎課長のこと、怖くないのかな?

昨日は可愛いなんて言われて押し問答になって、あんなに嫌な思いをしたのに。……そんなことはすっかり忘れて、近付いてじっと見てみたくなった。
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